誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

歯ブラシとタバコとわずかな持ち物/『コントラクト・キラー』

ずれたところだらけの物語

映画『コントラクト・キラー』。ロンドンの水道局に15年間勤めた主人公のアンリは、ある日突然、人員整理の対象となって解雇されてしまう。人生に希望を見い出せなくなったアンリが、自殺を決意するところから、この物語ははじまる。

アンリは自殺もできず、ついには殺し屋・”コントラクト・キラー”に、自分を殺してほしいと依頼する。アンリは殺し屋に自分を殺すことを頼み、やっと死ぬことができると安心(?)したのもつかの間、花売りの美女マーガレットと出会い、一目惚れしてしまう。そこへ迫るコントラクト・キラーの影。自分を追ってくるコントラクト・キラーからアンリは逃れようとするが、コントラクト・キラーも執拗にアンリを追い回す。アンリは無事にコントラクト・キラーの手から逃れることができるだろうか……。

と書くと、この映画はシリアスな話みたいだが、むしろコメディ的な色彩が全編に漂っている。主人公のアンリをはじめ、どこかずれてる登場人物たちや状況が顔を出す。

自分に銃口が向けられ、銃弾が発射されることを望んだアンリ。けれども、そう望んだ瞬間から彼の運命は大きく方向を変えてゆく。アンリの運命が大きく方向転換する中で、アンリが持っていたずれや、アンリに関わる人々や状況の持つずれが少しずつ重なっていく。そのちょっとしたずれが重なり合い、つながることで、最後には主人公のアンリでさえも思っても見なかった地点へとたどり着くのだ。

アンリだって客観的に見れば相当ずれたところのある男だが、どうも自分ではそう思っていないようだ。それにアンリを取り巻く状況も、はたから見ているぶんにはやっぱりどこかずれたところがある。殺し屋の手下のチンピラたちも、大きな悪ではなくてあくまでも小悪、チンピラどまりだ。殺し屋・”コントラクト・キラー”ですら、完璧な悪に染まった人間ではない。

主人公のアンリの依頼通りに、アンリを殺そうとするコントラクト・キラーに追われるという緊迫感ある物語だ。だからこそ緊迫感の中にあるずれたところが、いっそうおかしさをもたらすのだろう。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

死から拒絶されているアンリ

映画『コントラクト・キラー』の主人公アンリは孤独な男として描かれる。水道局に15年も勤めていたが、親しい同僚はいない。食堂で繰り広げられる同僚たちの楽しげな会話を横目に、ひとりで食事をとるアンリ。家に帰っても家族が待つわけでもなく、アンリはひとりで植木鉢に水をやって過ごす。この人は何のために生きているのだろう、何が楽しくて生きているのだろうと思わせるような人物だ。

そんなアンリは仕事をクビになり、将来を悲観して自殺しようと決意するが、アンリは自らの人生を顧みるともなく、淡々と自殺の準備をする。彼自身の中では、それなりに悲壮感はあるからこそ自殺するのだろうが、感情として表にはっきりと表すことはないので、淡々としているように見える。それもまた、どこかずれたおかしみがある。

アンリは自殺を試みるが、首吊り自殺、ガス自殺とどれもうまくいかない。たとえば首吊りをやってみようとする。首に巻くには少々太すぎるように見えるロープを手にするアンリ。そのロープをつなぎ止める金具は、ロープとアンリの体に比べて明らかに小さい。当然のように、アンリはロープを首に巻きつけたまま床に落下してしまう。小さな金具が重さを支えきれずに、アンリは金具ごと落下してしまったのだ。

次にアンリはガス自殺を決意。ガスの元栓を開きっぱなしにして、部屋中にガスが充満するように準備するが、今度はガス会社のストライキのせいで、ガスはいつまでもガス管から出てこない。コメディ的な状況だが、自殺すらまともにできないアンリだから、うだつの上がらない人物とみなされて解雇の対象になったんじゃないかと思ってしまうほどだ。

そこまで自殺に失敗してしまうのだから、むしろこの男の運命は、まだまだ死から拒絶されているのだろう。だが、アンリはなおも死ぬことを望んで殺し屋・”コントラクト・キラー”に自分を殺すことを依頼するほどだから、自殺の決意はそれなりに固い。ところが、コントラクト・キラーに自分を殺すことを依頼したことから、アンリの人生の行方は大きくその方向を変えてしまう。アンリの人生は、すんなりと死んでしまう方向には進まない。

出会いがもたらした変化

自分を殺すことを依頼しても、なかなか殺し屋・”コントラクト・キラー”はアンリの前に姿を現さない。しびれを切らしたアンリは、近所のパブに出かける。そこで、花売りの美女・マーガレットと出会うのだ。自分の死を待ち受けている間に、マーガレットに一目惚れしてしまったアンリ。アンリの運命がようやく明るい方向へ動き出したのは、自分を殺すことをコントラクト・キラーに依頼したあとだった。

マーガレットと出会ってからは、「死にたくない」「もっと生きたい」という意欲が出てくる。しかし、アンリはやはりそういったことを感情として表にはっきりと出すタイプではないので、変に淡々としている。けれども、マーガレットと出会ったことで、アンリ自身は物語のはじめと終わりでは大きく変化しているのだ。飲めなかった酒を飲むようになり、吸えなかったタバコを吸ってしまうほどに。そもそもアンリは、殺し屋に自分を殺すことを依頼したパブでも、ジンジャーエールを頼んでしまうほど酒が飲めない男だったのだ。

ここでひとつの疑問が湧く。アンリは自らの死を決意したあとにマーガレットに一目惚れした。でも、それまでアンリの人生において、一目惚れや恋愛はなかったのかという疑問が湧く。もちろん、このあたりのアンリの過去にこの物語は触れない。そういうことがあったかもしれないし、なかったかもしれない。けれども、今現在のアンリは家族も恋人もいない孤独な存在として描かれていた。マーガレットと出会ったことで、アンリの孤独な人生は一変した。

アンリにとってみれば、水道局をクビになった瞬間、この苦しみや孤独は永遠に続くものに思えたのだろう。家族も友人もいない自分の人生が、アンリには無意味なものとして映ったのだろう。永遠に近いほど長く、この苦痛や孤独が続くのなら、いっそ死んでしまった方がいいと決意したのだろう。

けれども、アンリが死を意識し、自分を殺すことを依頼した直後に彼はマーガレットと出会った。自らの死が今まさににやってくるところで、アンリはマーガレットと出会った。だからこそ、アンリはマーガレットに心をとらえられてしまったのかもしれない。マーガレットともっと一緒にいたい。愛する誰かと一緒に、この先もずっといたい。そんな思いや願いが、アンリをとらえたのだ。もっと未来を生きたい。そんな願望は、殺し屋の手から逃れなければならない状況にアンリを追い込ませ、未来を生きるためにアンリを奮闘させたのだ。

ふたりはコントラクト・キラーの手から逃れるため、国外へ逃げることを決意する。外国でふたりの新しい人生と生活をはじめるのだ。アンリは歯ブラシとタバコとわずかな持ち物を持ち、マーガレットの待つ駅へと急ぐが、そこに現れたのがコントラクト・キラーだった。
I Hired a Contract Killer 12

歯ブラシとタバコとわずかな持ち物

アンリの目の前に現れた殺し屋・”コントラクト・キラー”。銃口をアンリに突きつける。しかし、コントラクト・キラーは引き金をすぐには引かず、自分は病気に冒されていて、余命わずかな命なのだとアンリに告げる。そして、銃口を自分に向け、引き金を引くのだ。呆然とするアンリの目の前で、コントラクト・キラー崩れ落ちた。

なぜ、コントラクト・キラーはアンリを殺さなかったのだろうか。そして、なぜ自らを撃ったのだろうか。

それは、自分の人生の償いなのかもしれない。

コントラクト・キラーは商売として殺し屋をやっていたから、これまでもたくさんの殺しを請け負ってきたのだろう。他人に銃を向けて引き金を引くことで、その他人を死に直面させ、そして実際に死へと追いやってきたのだろう。しかし、今度は自分が死に直面している。コントラクト・キラーは末期ガンに冒され、医師から余命数ヶ月だと告げられていた。そう遠くない時期に、コントラクト・キラーもまた確実に死へと追いやられてしまう。死にたくないのに死に瀕しているのはアンリもコントラクト・キラーも同じだったのだ。

それにコントラクト・キラーは、アンリとマーガレットが互いに愛情を抱いていることを知っている。自分がアンリに銃口を向けて弾丸を発射しなければ、アンリは自分よりも長生きし、マーガレットとともに幸せな人生を送ることができるだろう。そんな幸せな人生を全うさせてあげることが、今まで殺し屋として何人もの生命を奪ってきた、自分の人生の償いであり、清算だったのかもしれない。

だから、コントラクト・キラーはアンリに「生」を託したのだと言えるだろう。

考えてみれば、アンリが強盗の現場に出くわし、犯人たちから銃を押し付けられたとき、その銃で自殺することだって可能だった。けれども、アンリはその銃をすぐにゴミ箱に捨てて手放してしまう。この場面が印象的だ。もはや生命を簡単に奪うための道具は、アンリには必要なかった。アンリは「生」を全うする方向に、すでに走り出していたのだ。

もちろん、人は必ず死ぬ運命にある儚い存在であり、最終的にアンリもマーガレットも死からは逃れられない。が、おそらくは一生、生は有限との現実に直面したアンリは、マーガレットとともに幸せに自らの新しい人生を歩んでゆくのだろう。歯ブラシとタバコとわずかな持ち物とともに。そこにあるタバコは、アンリがマーガレットと出会って吸いはじめたタバコだ。

映画の概要・受賞歴など

映画『コントラクト・キラー』は、1990年制作のアキ・カウリスマキ監督・脚本の作品。

コントラクト・キラー』の原題は、”I Hired a Contract Killer”。直訳すると「私は殺し屋を雇った」、あるいは「私は殺し屋と契約した」あたりになるだろう。

参考

1)Yahoo!映画/『コントラクト・キラー』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『コントラクト・キラー』
eiga.com

3)Filmarks/『コントラクト・キラー』
filmarks.com


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