誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

パーティーの余韻が残る庭/『レイチェルの結婚』

傷を抱えながらもより良い人生を選べることを描く

映画『レイチェルの結婚』は、ある一家が結婚式を迎えるまでの数日前をドキュメンタリータッチで描く作品。結婚式という家族にとって人生で重要な日を迎えるまでの数日間を描きながら、家族や姉妹の抱える葛藤や感情、思いを浮き彫りにし、その和解や解消を描く。

レイチェルという姉と、キムという妹のふたりがこの物語の主人公。キムはドラッグ中毒のリハビリ施設の入退院を繰り返していたが、姉レイチェルの結婚式に出席するため、久しぶりに実家に帰ってくる。結婚式の準備中とあって、華やかで幸せな雰囲気に包まれる一家。しかし、キムの言動が家族の抱える問題を浮き彫りにしてゆく……。

傷は簡単に修復されるわけでもないし、ましてや消え去るものでもない。その傷跡はどれほどの時間が経過しようとも、場合によっては何年何十年も、傷口がぱっくりと開いた血が流れる生々しい痛みをもたらすものかもしれない。でも、人間はその傷跡を抱えて生きていかなければならないし、その傷跡から逃れることもできない。

けれども、人間は傷にとらわれたままでいるわけにはいかない。過去の傷は傷として抱えながらも、幸せでより良い人生を選び取って歩きはじめることも可能だ。この物語は、そういったことを示していると言えるだろう。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

自分の話をするキムに激怒するレイチェル

ドラッグ中毒のリハビリ施設から実家に帰ってきたキム。実家は姉レイチェルの結婚式の準備で慌ただしくも華やかな雰囲気だ。レイチェルは妹のキムとの再会を喜ぶ。夜になると、両家の家族や友人たちが一堂に会したディナーが開かれる。家族や友人は祝福のスピーチをし、和やかなムードでディナーは進む。しかし、キムは自己中心的に自分の話をしてしまい、レイチェルはパーティーのと、キムに怒りをぶつけてしまう。

なぜ、レイチェルは激怒したのだろう? それは、互いの家族が顔合わせするお祝いのパーティーの席にもかかわらず、自分の話ばかりしかしないキムに怒ったのがひとつの理由。もうひとつは、この時点ではまだ、レイチェルがキムのことを完全に許しているわけではないからではないか。

レイチェルは自分がキムをどう扱って、キムとどう接していけばいいのか、自分自身がまだ模索している途中なのだろう。ドラッグ中毒が原因で過去に取り返しのつかない事故を起こし、リハビリ施設に入っているキムに対し、レイチェルは心のどこかで違和感や反発、許せなさを抱いている。

レイチェルがキムに対して抱いている反発や拭い切れない違和感の原因は、キムがドラッグ中毒であることやリハビリ施設に入っていることだ。そんな話まであけすけに話してしまうキムに対して、レイチェルは激怒したのだろう。結婚式直前の両家や友人たちが一堂に会する場には、やはりふさわしくない話題だし、レイチェルの結婚には関係のない話だからだ。

もちろん、表面上は普通の仲の良い姉妹として、レイチェルはキムに接する。その姉妹の仲の良さはもちろん本物だし、レイチェルもキムに対して家族や姉としての、かけがえのない親密さを抱いている。けれども、キムとレイチェルの間には、大きな亀裂がたしかに存在している。このパーティーの場面は、ふたりの間に存在する亀裂が垣間見えた部分だ。

しかし、ふたりの衝突はこれだけにとどまらない。

些細な嘘からはじまる衝突

翌日、キムは薬物依存症患者たちのミーティングに出席。キムは、自分が16歳のときに鎮痛剤でハイになったまま車を運転、事故を起こして幼い弟のイーサンを溺死させてしまった過去を語る。ここでわたしたちは、この一家の忌まわしい過去を知る。取り返しのつかない出来事の存在に、気持ちは重くなってしまう。

結婚式の前日、レイチェルとキムは一緒に美容院へ出かける。しかし、その美容室でキムは、以前同じリハビリ施設にいたという男性と再会する。その男性はレイチェルが実の父親性的虐待を受けたというキムがかつて話したことを、思い出話として楽しげに話してしまう。その話を耳にしたレイチェルは激怒してしまう。

キムはレイチェルに、あれは面白半分に作り話をしていたのだと弁解するが、レイチェルの怒りは収まらない。家族に関係するシリアスな作り話を、面白半分にベラベラと他人に話してしまうキムの軽さに、レイチェルが激怒するのも理解出来る。

こんなふうにキムには、どこか軽いところがある。それは若さゆえということもあるし、いくぶんかはドラッグの後遺症が関係しているかもしれない。けれど、それなりに年齢と経験を重ねた”まともさ”を持つレイチェルから見れば、キムのそんな軽さに対して違和感を抱くだろうし、怒りさえ抱いても仕方ない面はある。

とうとうキムもいたたまれなくなり、実の母親アビーの家を訪れる。実の母親は父親と離婚して、別の男性と住んでいるからだ。キムはアビーに激しく詰め寄る。なぜ、鎮痛剤でハイになっている自分に、幼い弟の世話を任せたのかと。ふたりは言い争い、殴り合いになり、キムはアビーの元さえも飛び出してしまう。行き場の無くなったキムは、車を夜道に走らせる。けれども、行くあてもない。

とうとうキムはY字路にさしかかった場所で、左右どちらの道も選ばずにそのまま林の中に突っ込んでしまう。真夜中のY字路でハンドルを切ることもなく、まっすぐ林の中に進んでいった。林の中は木が生い茂り、周囲は何も見えない。やがて巨大な岩に正面衝突して車は止まるが、キムは頭をぶつけ気を失ってしまう。行き場をなくしたキムが、自ら命を絶とうと覚悟したかのような場面だ。
Blue midnight

一度死んで生まれ変わるキム

もはやどうしようもなくなり、キムは自ら死ぬことを選んだのだのかもしれない。けれども幸運にもキムは死なずに済み、翌朝傷だらけのまま実家に戻る。家に帰ってきた傷だらけのキムを、夜通し心配して待っていたレイチェルはやさしくシャワーで洗ってあげるのだった。

この場面は、キムとレイチェルの和解の場面だ。ふたりの間にあった大きな過去の傷跡、そして亀裂が、少しずつ温かなシャワーで癒され、修復されていく場面だと言えるだろう。事故を機にキムは変化した。あるいは生まれ変わったと言ってもいい。

キムは自殺を覚悟して事故を起こし、生還した。ある意味ではキムは一度死んで、生まれ変わったのだ。自分の話ばかりしていたキム。作り話さえしてしまうような軽さを抱えていたキム。そんなキムは、あの真夜中の林の中で死んだ。レイチェルがキムを洗う場面は、キムが一度死んだ自分を脱ぎ捨て、新しく生まれ変わった瞬間だ。

上記ふたつのレイチェルがキムに対して激怒する場面では、キムはキムなりにそんな自分を反省し、悪かったと自己を顧みている。キムはキムなりの純粋さを抱えてもいる。そんなキムはレイチェルの怒りを受け止めることで、少しずつ事態を良い方向に進めている。レイチェルの”まともさ”が、キムを少しずつ良い方向に向けているようでもある。レイチェルもまた、キムなりの純粋さに触れ、キムに対して抱えていた反発や違和感を解消してゆくのだった。

いつまでも傷ばかりにとらわれてばかりではいけない

ようやく迎えた結婚式。結婚式とそれに続くパーティーは、日が落ちても賑やかに続く。結婚式の音楽の場面が少々長すぎるように思えるが、それもまた、結婚式の音楽という華やかなもの、光り輝いているものに触れることで、家族や姉妹の抱える傷が少しずつ回復していることを表しているのかもしれない。

レイチェルとキムの母親のアビーは他の招待客が残っているにもかかわらず、早々に帰宅してしまう。アビーは幼い弟が事故によって死んでしまう原因を作った人物とも言える。過去に起こったことは取り返しがつくわけではないし、今さらキムのように過去を責め立てても仕方ない。

けれども、母親のアビーはキムが鎮痛剤でハイになっているにもかかわらず、幼い弟をキムに預けた張本人でもある。キムのように誰しも、アビーが弟をキムに預けなければと悔やむだろう。そんなアビーが、華やかなパーティーの席から早々に去ったのは、一家の抱える過去の傷が少し遠ざかったことを示しているのだろう。

傷は完全に癒えることはないし、修復できるものでもない。深い傷跡として、キムやレイチェル、そして家族にこれからも残り続けるだろう。けれど、いつまでもその傷ばかりにとらわれてばかりではいけない。

レイチェルが結婚して、新しい人生を歩みだしたということは、過去の傷と決別することではない。過去の傷は傷として抱えながらも、幸せでより良い人生を選び取って歩きはじめることも可能だということを示しているのではないだろうか。

結婚式の翌日、リハビリ施設からキムに迎えが来る。レイチェルとキムは家の前で抱擁する。キムの乗った車に手を振ったレイチェルは、結婚式のパーティーの余韻が残る庭を見つめるのだった。いつの日か、キムもまたレイチェルのように幸せでより良い人生を選び取り、そちらの方向へ歩める日が来ることを願っているかのように。
A Country Path in Late Spring

映画の概要・受賞歴など

映画『レイチェルの結婚』は、2008年のアメリカ映画。原題は”Rachel Getting Married”。監督はジョナサン・デミ。脚本はネダ・アーミアンとマーク・プラット。第65回ヴェネツィア国際映画祭出品作品。また、第74回ニューヨーク映画批評家協会賞脚本賞を受賞した。

主人公のキム役を演じたアン・ハサウェイは第81回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた(このとき主演女優賞を受賞したのは、『愛を読むひと』のケイト・ウィンスレット)。また、アン・ハサウェイは、この年のオースティン映画批評家協会賞、放送映画批評家協会賞、シカゴ映画批評家協会賞などの主演女優賞を受賞した。

※この項目は、wikipedia日本語版の『レイチェルの結婚』の項目を参照。

参考

1)Yahoo!映画/『レイチェルの結婚
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『レイチェルの結婚
eiga.com

3)Filmarks/『レイチェルの結婚
filmarks.com

4)『レイチェルの結婚』/公式ホームページ
www.sonyclassics.com


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