誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

ひどく手遅れだったのかもしれないが/『トト・ザ・ヒーロー』

ひどく手遅れだったのかもしれないが/『トト・ザ・ヒーロー』:目次

自分で自分の人生に評価を下してはいけない

映画『トト・ザ・ヒーロー』は、自分で自分の人生に評価を下してはいけないし、自分にとっては何気ないことでも、他人から見ればそれはかけがえのない幸福なのかもしれないことである、ということをわたしたちに突きつける物語だと言えるだろう。

この物語の主人公トマは、老人ホームで孤独に暮らしていた。あるとき、自分の生涯を振り返る。自分の人生には幸せなことなど何ひとつなかった、と。それというのも、トマが生まれた産院が火事に遭い、そのときの混乱で向かいのカント家のアルフレッドと取り違えられてしまったからだと、トマ自身は信じているからだ。

そのためにトマの本当の人生や幸福はアルフレッドに奪われてしまった。アルフレッドのせいで、自分の人生は孤独で悲惨な人生になってしまった。そんな恨みを抱いて人生を送ってきたトマは、アルフレッドを殺して復讐を果たすことを決意する…...というストーリー。

わたしたちの目から見ると、トマの人生が愚かで惨めな人生に見える。トマ自身も子どもの頃から老人になるまでずっと、自身の人生を愚かで惨めな人生だと考えていた。でも、物語の最後にトマと同じく老人になったアルフレッドから見たトマの人生に触れたとき、トマはおそらくはそれまでの自分の人生が一変して、幸福で光り輝いたものに見えたに違いない。なぜなら、トマが人生の最後に下したある大きな決断が、それを物語っているからだ。
Merry Go Round


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

誰とも思い出を分かち合うことができなかったトマ

老人トマが老人ホームを抜け出し、年老いたアルフレッドの元へ復讐へと向かうことで物語が動きはじめる。物語は年老いたトマがアルフレッドのところへ向かう中で、何度も自分の人生を回想する。老人トマが回想する過去は現実なのか、それともトマの願望を反映した、ある意味で”捏造"された記憶なのかははっきりとしない。

けれども、トマの回想する過去は現実のものであっても、あるいは”捏造"かもしれないものであっても、トマにとっては自分の生涯そのものであり、真実そのものだ。わたしたちはそんな老人トマの姿に、あわれにも悲しみにも似た思いを描く。あるいは滑稽にも思うだろう。

でも、老人トマはわたしたちそのものの姿でもあると言える。わたしたちだって自分の過去を振り返ったとき、思い描く過去が必ずしも事実であるとは限らない。過去を共有した家族や友人などと過去の思い出話をするとき、自分の記憶に思い描いた過去と他人の思い描いた過去が、まったく異なっている場合もある。

それは自分の中でいつの間にか記憶が”捏造"されているからだ。自分の願望に沿って都合よく置き換えられたり、悲しみが増幅して必要以上に悲惨な記憶に書き換えられたり。だから、家族や古い友人といった他人と過去を分かち合うことが、時としてわたしたちには必要な行為なのかもしれない。

老人トマの場合、誰かとそんな思い出話をすることもなく、ずっと孤独に年を取り続けて来たのだろう。だから老人トマは、ある意味では自分で”捏造”したのかもしれない自分自身の過去を振り返ったとき、自分の孤独で不幸な人生に耐えられなかったのではないだろうか。そして、そのまま自分の人生を終わらせたくはなかった。だからこそ、アルフレッドに復讐を果たすため、老人トマは老人ホームを抜け出したのだ。

悲しみを抱いているからこそ

子どもの頃のトマは、向かいに住むカント家のアルフレッドに羨望と恨みの入り混じった眼差しを向ける。アルフレッドの父親はスーパーを経営していてお金持ち。一方、トマはダウン症の弟とともに、アルフレッドや近所の子どもたちにいじめられる日々を過ごしている。

そんなトマは、アルフレッドにいじめられるたびにある妄想に近い願望を抱く。テレビ番組に出てきたハードボイルドな探偵の姿に自分を重ね合わせるのだ。妄想に近い願望の中で探偵となったトマは、悪者のアルフレッドを見事にやっつける。それは子どもらしいささやかな願望とも言える。

また、子ども時代のトマにとって、姉のアリスと過ごした時間が輝いていた時間だった。美しくて弟思いでバイオリンが上手な姉のアリス。パイロットだった父親はアリスのバイオリンとともにピアノを弾き、楽しく歌う。そんな光景はトマにとってきらきらと輝く夢のような時間だった。いつまでもその時間が続いてほしいと、わたしたちでさえそう思ってしまうような楽しい夢のような時間だ。

アリスは姉であるけれども、トマにとっては初恋相手でもあった。トマはアリスのことを深く信頼していたし、想いを寄せていた。単なる兄弟愛を超えた深い愛情で結ばれていたのだ。パイロットの父親が墜落事故で亡くなり、その遺体の確認のために母親が家を開ける。そのすきに、トマとアリスはふたりで過ごす。その間のふたりは兄弟というよりも、まるで完全に恋人同士で過ごしているようだ。少し背伸びをしたような、甘美で美しい時間である。

けれども、アルフレッドもまたアリスへの想いを募らせていた。ある日、アリスとアルフレッドが仲良く過ごしているところを目撃したトマは、嫉妬のあまりアリスへの怒りを爆発させてしまう。アリスはそんなトマの涙を見て、トマへの愛情を示すかのように炎の中へと消えてゆくのだ。もともとはトマの嫉妬と言葉が発端となって、アリスは炎の中に消えてしまう。それからのトマは、途方もない喪失感を抱いて成長し、アリスのいない人生を生きてゆかざるを得なくなった。

トマの子ども時代は、傍観者的な立場から眺めてみるとけっこう悲惨だ。子どもの頃はパイロットの父親を飛行機の墜落事故で亡くしてしまうし、大好きだった姉のアリスも燃え盛る炎の中に消え去ってしまった。アルフレッドや近所の子どもからはいじめられる。

そんな子ども時代を過ごしたトマが、向かいの家のアルフレッドに羨望と恨みを抱き、本当はアルフレッドと取り違えられたのだ、自分の本当の人生はアルフレッドとして生きることだったのだと思ってしまっても、仕方ない面はあるのだろう。トマがそんな悲しみを抱いているからこそ、姉のアリスとの関係は純粋で美しいし、父親がピアノを弾いて歌う場面は、ひときわ明るく輝いて見えるのだ。ひどく物悲しい話ではあるが。

ひどく手遅れだったのかもしれないが

大人になったトマ。しかし、大人になったトマは内気で生真面目。それゆえに友人や恋人もなく、孤独な日々を送っていた。華やかさなどどこにもない地味な毎日を送るトマ。そんな日々に、トマ自身もうんざりしていたが、ある日、街角でひとりの女性と出会う。姉のアリスの面影を宿した音楽家エヴリーヌである。トマはエヴリーヌに猛烈にアタックし、ふたりは熱烈な恋に落ちる。けれども、エヴリーヌは結婚している身でもあった。

ふたりは駆け落ちまで企てるが、そのときエヴリーヌはあのアルフレッドの妻であることが判明してしまう。絶望したトマ。再び愛する対象を失い。また孤独な毎日に戻ってしまう。エヴリーヌにアリスの面影を追うトマの姿は、一途ではあるがもの悲しささえ漂う。それだけ、トマの人生にとって、姉のアリスの存在は大きいのだろう。けれども、そのアリスを失う原因を作ったのはトマなのだ。

そしてまた、アリスの面影を宿したエヴリーヌと熱烈な恋に落ちるが、彼女がアルフレッドの妻だと判明して絶望する。エヴリーヌとの関係も、元はと言えばトマがアリスの姿をエヴリーヌに見出してしまったからである。はじめからふたりの関係の破綻は予言されていたのかもしれない。

さらに歳月が経ち、物語はようやく老人トマの現在まで戻ってくる。アルフレッドは事業に失敗し、殺し屋から命を狙われていることをトマは知る。殺し屋にアルフレッドが殺されてしまうまでに、何としても自分の手でアルフレッドを殺してしまわなければ。トマはそんな復讐心に突き動かされ、アルフレッドの屋敷にたどり着く。

そこで出会ったのは、トマと同じようにやはり年齢を重ねて老人になったアルフレッドと妻のエヴリーヌだった。老人トマは自分の本当の人生を盗んだアルフレッドへの復讐を果たそうとするが、アルフレッドの口から語られたトマの人生に、老人トマはある決断を下す。それはついに、トマが望んだとおり、アルフレッドとして自分の人生を全うする方法だった。

最後の最後に、トマはアルフレッドとして代わりに死んでゆく。でも、そうすることで、トマの人生にようやく意味を見出し、幸福に包まれることができたのではないか。なぜなら、トマは自分の夢や願望を叶えて死んでゆくことができたからだ。アルフレッドの人生が本当の自分の人生だと、トマはずっと思っていたし、そうであることをずっと願っていたからだ。

自分で自分の人生に評価を下してはいけないし、自分にとっては何気ないことでも、他人から見ればそれはかけがえのない幸福なのかもしれないことである。老人トマは、ようやくここに至って、そのことに気づいたのだろう。でも、そのように気付くことで、老人トマは幸福に包まれて自分の人生を全うすることができたのだ。わたしたちの目から見ると、それはひどく手遅れにも見えるが、トマにとってはそれだけで十分幸福だったはずだ。
Cessna P206B N4744F

映画の概要・受賞歴など

映画『トト・ザ・ヒーロー』は、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督による1991年公開作品。原題はToto le héros”。1992年のフランス・セザール賞最優秀外国映画賞を受賞。ジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、この作品に続き、『八日目』、『ミスター・ノーバディ』などの作品を発表。

参考リンク

1)Yahoo!映画/『トト・ザ・ヒーロー
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『トト・ザ・ヒーロー
eiga.com

3)Filmarks/『トト・ザ・ヒーロー
filmarks.com


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