誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

沈黙と静寂の中にあふれる濃密な愛情/『キャロル』

沈黙と静寂の中にあふれる濃密な愛情/『キャロル』:目次

ちょっと怖いなあと思ってしまうくらいの濃密な恋愛

映画『キャロル』は、女性同士の濃密な愛を描いた物語。物語は1950年代のニューヨークが舞台。デパートの店員テレーズとお客としてやってきたキャロルとのあいだの女性同士の恋愛を描く。静謐と沈黙が世界を美しく支配する中で、ふたりの女性の濃密な愛情がそこかしこに満ちているのを、わたしたちは感じることができる。

クリスマス目前のデパートのおもちゃ売り場で働くテレーズの前に現れたのは、幼い娘へのクリスマスプレゼントを選びにやってきたキャロルだった。キャロルが売り場に置き忘れた手袋を、テレーズがキャロルの自宅へと届けたことから、ふたりは少しずつ親密になってゆく……、というストーリーである。

映画『キャロル』に描かれた女性同士の恋愛を男性のわたしが見ても、そこにある濃密な愛情はうらやましいほどに「いいなあ」と思えるものがあり、そして同時に、ここまでもう密だと「ちょっと怖いなあ」と感じるものもある。

「ちょっと怖いなあ」と思うのは、ここに描かれているのが同性愛だからというわけではない。それは異性同士の恋愛にもつきものの、相手を深く愛し過ぎるときのような危うさである。あまりにも深い愛情が、むしろその関係を破綻へ向かって進ませてしまうんじゃないかという危うささえも感じさせるのである。そういった面が描かれているからこそ、この物語は普遍的な愛を描いているのだとも言えるだろう。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

静寂と沈黙の中の愛情

この物語の舞台は1950年代のニューヨークだと先に書いたが、この頃は女性同士の恋愛(そして同時に男性同士の恋愛)は、社会的に大きなタブーであった時代だ。少なくとも、おおっぴらに同性愛を語ることも許されない時代であった。だから、テレーズもキャロルも、愛を語る言葉は最低限までに抑制せざるを得ない。社会的な抑圧の下で沈黙を強いられるのである。そのような事情もあって、この物語は静寂と沈黙が支配するのだ。

だから、ここでは互いの愛情を伝える言葉はできるだけ排除され、静寂や沈黙が画面を支配する。ちょっとした視線や仕草が、言葉の代わりに愛情を示すものとして働くのだ。この静寂や沈黙の中に、テレーズとキャロルとのあいだで交わされる恋する気持ちや愛情といったものが満ちているのを、わたしたちは感じ取ることができる。

たとえば、キャロルから声をかけられる前から、売り場でおもちゃを選ぶキャロルの美しさと気品に強く惹かれる様子が印象的である。それほど、キャロルにはテレーズを引きつける魅力があったのだ。それはまるで雷に打たれたような電撃的な衝撃であり、その衝撃と引力の大きさはテレーズの視線や緊張した表情からうかがうことができる。

そこに言葉による無駄な説明はない。物語が進んでも、テレーズはキャロルに一目惚れをした瞬間のことを思い消しながらなどペラペラと喋ることはない。むしろ、言葉を紡げば紡ぐほど、その言葉は途端に嘘くさくなってしまうのだという思いを抱いているみたいに。

また、キャロルはことあるごとにテレーズの肩に手を置くのだが、その手の置き方ひとつでキャロルのテレーズに対する愛情や気持ちが、画面を通じてわたしたちにまで伝わってくるのだ。この物語は静寂と沈黙が支配しているが、むしろそうであるからこそ、ふたりの女性の仕草や視線からその中にある濃密な愛情をわたしたちは感じることができるのだ。

キャロルの強い引力

テレーズがキャロルに魅かれたのはなぜだろう。それは自分もああいう美しく気品のある大人の女性になりたいというキャロルに対するテレーズの憧れが、強い引力をもたらしたのかもしれない。風景ばかり写真に収めるテレーズが初めてカメラを向けたくらいだから。

ところで、テレーズにはリチャードという恋人がいたが、テレーズはリチャード以上にキャロルの中に心を震わせるものを見出した。リチャードはテレーズの写真家になりたいという夢をそれなりに応援しているが、むしろそれはテレーズへの求婚のためという雰囲気が漂い、テレーズもそんなリチャードにうんざりしている。そして、わたしたちもまたテレーズと同じように、このリチャードにうんざりするのだ。

リチャードも若いから、その若さに由来する軽さみたいなものがあふれているのは仕方ないにせよ、自分の生き方の哲学を持つキャロルという大人に魅かれてしまったテレーズからすれば、リチャードの軽さにうんざりするのも理解できる。そりゃあ、あのキャロルに魅せられてしまったのなら、リチャードなんかどうでもよくなるよなあと、わたしたちは納得できる。

一方のキャロルがテレーズに見出したものは何だったのだろう。キャロルには夫ハージとのあいだに幼い娘リンディがいるが、夫への愛情はとっくに冷え切ってしまっている。キャロルの娘リンディへの愛情はとても大きいが、リンディの養育権をめぐってハージと激しく対立している上に、夫のせいでしばらくリンディとのあいだも引き裂かれてしまう。

キャロルはリンディに会えない寂しさを抱える一方、未熟な若いテレーズと出会い、ある意味では母性的に魅かれていったのではないだろうか。写真家になりたいテレーズにアドバイスするなど、テレーズを少しでも成長させたいと手を差し伸べるキャロルの姿は母親的でもある。そんな母親的なものがテレーズを引き寄せたのだ。

しかし、そのような母親と娘という擬似的な親子のような濃密な関係は、テレーズがキャロルの力によって”成長”し、大人の女性へと成熟していったのちにどうなってしまうのだろうと考えてしまうのも事実だ。まあ、そんな心配が杞憂に終わり、当の本人たちはそれなりにうまくやっていけそうではあるが。

映画の概要・受賞歴など

映画『キャロル』は2015年制作。原題は”Carol”。監督はトッド・ヘインズ。2015年のニューヨーク映画批評家連盟賞の作品賞、監督賞、脚本賞などを受賞。

原作はパトリシア・ハイスミスの小説『The Price of Salt』。

参考リンク

1)Yahoo!映画/『キャロル』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『キャロル』
eiga.com

3)Filmarks/『キャロル』
filmarks.com

4)『キャロル』/公式ホームページ
carol-movie.com


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