誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

どんな環境でも自分の職分に忠実で誠実であるか/『大統領の料理人』

フランス料理にはあまり縁がない

わたしはフランス料理にはあまり縁がない。

というより、フランス料理に限らず、あまり豪勢で華やかな料理を食べるということがそれほどない。華やかな料理を口にするのは、結婚披露宴とかかしこまった会食とかそれくらいの(ほんのわずかな)機会しかない。

ところで、2015年はフランスについてのニュースを見聞きする機会が多かった。そこで、フランスの歴史や政治について基礎から学べるものはないかということで、まずは手始めに、岩波ジュニア新書から出ている『お菓子でめぐるフランス史』(池上俊一著)という本を手に取った。この本については、こちらの記事を参照してください。

その本を読み終わったところで、この映画に出会った。アマゾンのプライムビデオのタイトルを眺めていたら、この映画のタイトル『大統領の料理人』が目に飛び込んできた。映画のパッケージもまたフランスを思い浮かばせるもので、おお! これは、ということで視聴することに。

この『大統領の料理人』は、フランス大統領官邸(エリゼ宮)で、史上初の女性料理人となったダニエル・デルプシュを描いた映画。ミッテラン元フランス大統領のもとで彼女が働いた2年間と、そのあとに赴いたフランス南極観測隊での最後の日々を織り交ぜながら物語は進行する。

※以下、ネタバレが含まれています。

「経費削減」と「食事制限」

作中に、こんなシーンがある。

ある深夜、大統領がキッチンへやってきて食事を求めているところをデルプシュが発見する。そこで、デルプシュが大統領のために簡単な夜食を作る。深夜のキッチンで、大統領はデルプシュのつくった夜食を味わいながら、「このごろは何をやっても批判される」とこぼす。そして、デルプシュもまた私もそうだと同意し、ふたりが共感するという場面だ。

ここでは、大統領とその料理人という、立場を超えた個人的な共感や信頼といったものが描かれている。

ミッテラン大統領は、フランス史上初の社会党出身の大統領だった。労働時間の削減や私企業の国有化、社会保障費の拡大などの社会主義的な改革を推し進める。そのために、多くの非難や反発を受けていたという。

そのあたりのミッテラン大統領の政策や、当時のフランスのおかれた政治的経済的社会的状況は、この映画では明確に語られてはいない。ドキュメンタリー映画ではないから、それは当然ではある。だから、このシーンの大統領も具体的なことは語らないが、最高権力者の孤独を感じさせる演出となっている。

そのため、夜食を食べ終わったあとにキッチンを去る大統領の姿はひどく孤独で悲しげだ。深夜、長い影を引きずりながら、背中を丸めてキッチンを去る大統領の姿が映し出される。

デルプシュもまた困難に直面していた。
それは「経費削減」と「大統領の食事制限」を求められていたからである。

大統領はエリゼ宮で出てくる格式張った料理に飽き飽きし、幼い頃に食べたような、故郷の素朴な田舎風の料理を求めていた。そこで、地方で伝統料理を学校やレストランを開いていたデルプシュに白羽の矢が立ち、大統領のプライベートシェフとしてエリゼ宮のキッチンに立つこととなったのだ。

デルプシュは大統領の要求にこたえようとするべく奮闘する。

食材についても、それまでのエリゼ宮指定の業者だけではなく、新鮮で旬な食材を提供するパリ市内の店に走り、時には故郷の田舎からも取り寄せる。そんな奮闘が実り、デルプシュは大統領の大いなる信頼を得ていくことになるのだが、エリゼ宮の官僚から見ればコスト度外視の行為に見えてしまう。予算の無駄遣いということだ。

同時に、大統領の健康問題もあり、食材についても制限が必要な状況に直面してしまう。

この映画では大統領の健康問題について、そこまで詳しくは描写されていないが、ミッテラン元大統領は大統領就任以前から癌を患っていた。そのために、ある時期から食事にも制限が必要となったのだろう。いくら田舎風の素朴な料理とはいえ、それまでのように自由でふんだんに食材を使うことができなくなってしまったのだ。

そのような「経費削減」と「食事制限」に直面し、デルプシュは大統領の求める料理や自分の作りたい料理を提供できなくなってしまっていた。ストレスとフラストレーションの大きさは察して余りあるだろう。

大統領は自分の進めたい政策も進まない上に食事も制限されてしまう。デルプシュもまた、大統領の求めに応じることができなくなってしまう。そんなふたりが、深夜のキッチンで個人としての孤独な心を通わせるシーンなのである。

自分の職分に忠実で誠実であることを描く

デルプシュは結局2年でエリゼ宮を去る。

それはデルプシュにとって、ある種の挫折でもあったのかもしれない。
大統領の求めに応じることができなくなってしまったからだ。

その後、デルプシュはフランスの南極観測隊のシェフとなり、南極へ行く。デルプシュは南極という過酷な環境に身を置くことで、自分を罰したかったという面もあるのではないか。南極で淡々とひとりでジョギングする彼女の表情は硬い。

デルプシュは他の南極観測隊員たちに、エリゼ宮での日々やエリゼ宮を去った理由、そして南極へとやってきた理由や動機を語らないまま、1年の任期を終えようとしていた。

しかし、デルプシュが南極を去る前夜、隊員たちは盛大なお別れパーティーを開く。南極で1年間、南極観測隊員たちのために食事を作り続けた彼女へのお礼と餞別というわけだ。賑やかなステージ上で隊員たちは楽しく滑稽に踊り、デルプシュに感謝を示す歌を歌う。

エリゼ宮では手に入れることのできなかった達成感や多くの仲間からの信頼、それによる充実感。そういったものを得て、デルプシュはまた新しい土地へと旅立つ。

この映画の主人公であるダニエル・デルプシュという女性料理人は実在の人物で、フランス大統領の料理人を務め、その後にフランスの南極観測隊のシェフになり、その後さらにニュージーランドへとトリュフの産地に適した場所を探しに行くという、実に活動的な人物だ。

この映画はそのように行動的な彼女の、自分の職分に誠実であるとはどういうことなのかを描いた映画であると言えるだろう。それはまた、この映画を観る人々に、自分の職分に誠実であるとはどういうことかと問いかけてもいるのだ。

どんな環境でも自分の職分に忠実で誠実であること、時に挫折を味わうかもしれないが、それでも自分の信じるところを貫き、自分の職分に誠実さを持ち続けること。それが最後には達成と充実をもたらす。この映画には、そんなメッセージが込められているのではないか。

参考

1)映画『大統領の料理人』公式サイト
daitouryo-chef.gaga.ne.jp

2)Yahoo!映画/『大統領の料理人』
movies.yahoo.co.jp

3)映画.com/『大統領の料理人』
eiga.com


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