誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

どんなに背伸びをしようとも/『おいしい生活』

展開が目まぐるしく変わるコメディ

映画『おいしい生活』は、パッとしないコソ泥のレイと、その妻のフレンチーの物語。自らを天才的な犯罪者だと思っているレイは、完璧な銀行強盗の計画を立てる。それは、銀行近くの空き店舗を借りて、表向きの商売をやりつつも、裏では銀行の金庫室に繋がる穴を地下に掘って、大金を手に入れるという計画だ。のっけからコメディ的な銀行強盗の計画を自信たっぷりに見せつけられるが、どう考えてもうまくいくわけないだろうという脱力的な思いに、わたしたちはとらわれる。

それでもレイは、妻のフレンチーにクッキーの店を開かせ、さっそく仲間たちとともに地下に穴を掘りはじめるが、穴掘りは失敗続き。なぜか、クッキーの店の方があれよあれよという間に大繁盛してしまい、レイとフレンチーは瞬く間に大きなクッキー会社の社長と社長夫人になってしまう…...。

この物語は展開がくるくると目まぐるしく変わってゆく。大金持ちになって大成功を収めた夫婦なのに、それが元になって夫婦の間に亀裂が生まれ、離婚の危機が生まれる。最後にすべてを失ったかと思えば、思わぬところから窮地を救うものが出てきて、めでたく夫婦は新しい人生を踏み出すというハッピーエンドを迎える。

前半は、大金持ちになったのはいいものの、自らの教養の無さに気づいた妻のフレンチーが教養を身につけようとする姿は、わたしたちにもの悲しささえ感じさせる。無教養の成金と陰口を叩かれたフレンチーが抱く「文化的な教養を身につけた本物のお金持ちになりたい」という思いが、「別にそんなのどうだっていいじゃん」と思っているレイとの関係に亀裂を生んでゆくところが見ものだろう。

また、後半のパーティーが開かれているお金持ちの家で、夫のレイが金庫を開けようと奮闘する場面は、コメディ的な緊迫感があって目を離せない。「どんなに大金持ちになったところで、自分は泥棒であり、何かを盗み出さずにはいられない」。そんな生まれついてのコソ泥であるレイの存在が、大金持ちになったとしても浮き足立つことなく、どんなに背伸びをしようとも、けっきょく自分は身の丈にあった自分のままなのだ、みたいなことを、わたしたちに示しているようにも思える。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

必死に背伸びするフレンチーの物悲しさ

レイの妻であるフレンチーは、夫のレイが以前の銀行強盗で2年間も刑務所に入っていても、レイを見捨てなかった元ストリッパーだ。このフレンチーには物事を学び取り、身につける才能はありそうだ。そもそも夫婦が大金持ちになったのは、フレンチーの焼いたクッキーのおかげだ。

彼女にちゃんとした機会があって、ちゃんとした教育を受けることができたなら、それなりの仕事に就いて、それなりの生活と人生を歩むことができたんじゃないかと思わなくもない。ただ、フレンチーにとってはレイと一緒にいることが、なんだかんだで一番なのだろう。

フレンチーは大金持ちになったはいいけれども、絵画やワインといった教養がないと、本物の金持ちにバカにされてしまうことに気づく。そこでフレンチーは個人的な家庭教師を雇って、絵画やワイン、文学やオペラなどを学び、教養を身につけていく。ただ、フレンチーの持つ「もっと学びたい」との意欲のおかげで家庭教師に付け込まれてしまうことになってしまう。

それに加え、会社の計理士にだまされてフレンチーがサインをした契約書のせいで、フレンチー(とレイ)は会社と財産をなくしてしまう。会社の計理士が会社の金を横取りするためのあやしげな契約書にサインさせたことに、後になって弁護士たちの指摘でようやく気づくのだ。

このようにフレンチーには、会社経営や契約書などの方面についての知識も才能もなかったし、それらについての知識を身につけようともしなかった。だから、遅かれ早かれ、身の丈に合わないほど大きくなった会社と、身の丈に合わないほどの大金持ちの生活は行き詰まり、財産を失ってしまう羽目になっただろうなと思わせる。

フレンチーは文化的な教養の無さに気づいて絵画やワインを学ぶが、会社経営の知識の無さについては気づくこともなく、必要な知識を学ぼうとすることもしなかった。そのあたりのアンバランスさが、けっきょくはフレンチーの身の丈であり、大金持ちになって必死に背伸びするフレンチーを元の場所に引き戻したのだと言えるだろう。

生まれついての"コソ泥"レイ

一方、フレンチーの夫のレイは、最後まで成長も変化もしない男として描かれている。レイはどこまでいっても、コソ泥根性が抜けない。人間として成長しないし、成長することを望んでいない。向上心も向学心も一切持ち合わせていない人物だ。ただ、大金持ちになって、教養を身につけようと地に足がつかないままに奮闘するフレンチーをつなぎとめておく”おもり"みたいな存在である。

レイは生まれついての”コソ泥”だ。決して大きな犯罪や盗みをできないタイプと言えるだろう。レイは以前、仲間とともに銀行強盗を企てるも2年間刑務所に入れられてしまうという過去を持っている。なぜ、そのときの銀行強盗がうまくいかなかったかというと、仲間たちがみんな同じマスクをかぶって銀行に押し入ったために、誰が誰だがわからなくなってしまい、役割分担ができずに計画がめちゃくちゃになったからだ。

けれども、レイは自分のことを天才的な泥棒だと思い込んでいる。だから、銀行の金庫にまで地下を掘り進めば簡単に成功できると思い立ち、フレンチーにダミーのクッキー屋まで開店させるのだ。そのおかげで、大金持ちにはなったが。

レイ自身、大金持ちになったのは嬉しいけれども、ひたすら教養を身につけ、本物のセレブになろうと努力するフレンチーを冷ややかに見ている。そして自分はやっぱり、泥棒として何かを盗み出さずにはいられない人間なんだと気づき、大金持ちの家から高価な首飾りを盗み出すことを企てる。金持ちの金庫から高価な首飾りを盗み出し、それを売って大金にしようと目論むのだ。本物の首飾りの代わりによくできた偽物の首飾りを金庫の中に置いておけば、何年かは気づかないから完璧な計画だとひとり目算する。

何度もピンチを切り抜け、ようやく金庫をこじ開けて首飾りを手にしたのもつかの間、今度はどちらの首飾りが本物か偽物かわからなくなってしまう事態に陥るのだ。金庫の持ち主が迫ってくる。覚悟を決め、金庫にひとつの首飾りを入れて、もうひとつの首飾りをポケットに押し込む。いちかばちかの勝負に出たのだ。

けれども、これまで銀行強盗も上手くやれた試しのないコソ泥のレイに運が回ってくるはずはない。けっきょく、レイははじめから終わりまで”パッとしないコソ泥”として描かれる人物として描かれる。やはり、この人は泥棒としても大したことのない人物のままで終わるのだろうかと、わたしたちが思った矢先、フレンチーが意外な特技をレイに披露する。

自分は身の丈にあった自分でしかない

会社も財産も失ってしまった夫婦に、新しい人生をはじめるための”お宝”をもたらしたのも、かつて夫のレイがフレンチーに教えた金庫の開け方だった。”芸は身を助く"ということわざがあるが、フレンチーには教養や会社経営についての知識がなくても、そのあたりのことを身につけて、実際にやってみるという才能はあるようだ。

このフレンチーの才能のおかげで、新しい人生を踏み出したレイとフレンチーの夫婦は、新しい土地で新しい人生をどうにかうまいことやっていけそうではある。けっきょくは、互いの愛情を確かめあい、元どおり幸せになったふたり。身の丈にあった幸せを見つけたと言えるだろう。

もちろん、人間にとって向上心や向学心、何か新しい知識を身につけることは大事だろう。けれども、それは地に足のついたものでなければならないのかもしれない。フレンチーのように、ひと足もふた足も地面から浮き立つことは滑稽で物悲しいからだ。どんなに背伸びをしようとも、けっきょく自分は身の丈にあった自分でしかない。そこから幸せを探し出すしかない。映画『おいしい生活』は、そんなことを考えさせる映画だ。

映画の概要・受賞歴など

映画『おいしい生活』は、2000年の映画。ウディ・アレンが監督、脚本、主演を務めている。同年の全米映画批評家協会賞の助演女優賞を、メイ役を演じたエレイン・メイが受賞している。※Wikipediaおいしい生活」の項目より。

原題は、”Small Time Crooks”、"small time”では、「取るに足らない」「けちな」という意味。手元の辞書を引くと、”small-time”は「ちゃちな」「三流の泥棒」との意味。”crook”は俗語で「(ものを)盗む」「くすねる」、口語では「犯罪者」「泥棒」という意味。※三省堂『新グローバル英和辞書』、Weblio辞書より。

”Small Time Crooks”では、「コソ泥」や「あまり大したことない犯罪者」みたいな意味合いになるのだろう。

参考

1)Yahoo!映画/『おいしい生活
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『おいしい生活
eiga.com

3)Filmarks/『おいしい生活
filmarks.com


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