誤読と曲解の映画日記

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孤独なふたりでしか成り立ち得ない愛/『レオン 完全版』

孤独なふたりでしか成り立ち得ない愛/『レオン 完全版』:目次

孤独なふたり

映画『レオン 完全版』は、多重奏のような愛情を描いた映画と言えるだろう。

多重奏のような愛情とは、どのような愛なのだろうか。この映画には、殺し屋のレオンと家族を亡くした少女マチルダとの間に恋愛感情だけでなく、親子愛や兄弟愛、同志愛に師弟愛といったさまざまな種類の愛情があふれる。レオンとマチルダはともに孤独な者同士だ。その孤独なふたりは、このふたりだけでしか成り立ち得ない愛情で結びつけられる。

ニューヨークに住む殺し屋のレオンには家族がいない。妻や恋人といった愛する者も、兄弟も親しい友人もいない。そんなレオンの唯一の家族と言えるような存在は、ひと鉢の観葉植物だけだった。レオンは観葉植物に水をやり、陽に当てるために出窓に出す。レオンは大都会の片隅で殺し屋を家業としつつ、ひとり孤独に観葉植物だけを愛おしく世話していた。

12歳の少女マチルダの父親は麻薬密売組織の一員。大物というわけではなく、下っ端のチンピラ的な存在である。そんな父親から、マチルダは日常的に暴力をともなう虐待を受けている。マチルダは義理の母親からは無関心に放っておかれ、姉からもひどい扱いを受けていた。そんなマチルダが唯一心を開いていたのは4歳の幼い弟だけだった。

ある日、マチルダの父親が密売用の麻薬を横領したことを見抜いたスタンスフィールドが、部下たちを率いてマチルダの家にやってくる。父親が横領した麻薬のありかを探し出すため、家族を次々に射殺してゆく。唯一心を開いていた4歳の弟も流れ弾に当たって死んでしまった。マチルダは愛する弟を失い、天涯孤独になってしまう……。

この物語は、隣同士の部屋の住人だったレオンとマチルダが出会ったことから、マチルダの弟の復讐のため、ふたりは突き進んでゆく……、というストーリーだ。
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※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

このふたりでしか成り立ち得ない種類の愛情

レオンとマチルダの共同生活がはじまり、レオンがプロの殺し屋をやっていることを知ったマチルダは、レオンに殺しの技術を教えて欲しいと頼む。それは弟の復讐を果たすためだ。しぶしぶながらも承諾したレオン。レオンはマチルダに銃の扱い方、殺し屋に必要な振る舞い方を教える。マチルダは文字を書けないレオンに勉強を教える。そうすることで、孤独だったふたりの間に信頼が生まれ、また愛情も生まれ、育まれていく。

ところで、この物語は全編にわたって緊張感・緊迫感に支配されている。同時にまた、根底には絶望と悲しみが流れている。しかし、この物語の中でほぼ唯一、緊張や緊迫から解放される場面がある。マチルダとレオンが互いに有名人のモノマネをして、それが誰なのかを相手に当てさせるゲームをする場面だ。マチルダは、ここで初めて12歳の少女らしい笑顔を見せる。天真爛漫で今この瞬間を全身で楽しんでいるマチルダの姿に、わたしたちはホッとすると同時に、一抹の悲しさを覚える。

なぜなら、本来の12歳のマチルダが持っていたはずの天真爛漫さや心からの笑顔は、ずっとマチルダの中に隠されていたものだからだ。父親からは暴力を振るわれ、義母からは無関心に放っておかれ、姉からもひどい扱いを受けていたマチルダ。そんな家族の中で、マチルダは本来持っていたはずの天真爛漫さや笑顔を押し隠していた。けれども、マチルダが心を開いていた幼い弟もまた死んでしまった。

悲しみや苦しみの中に、マチルダが本来持っていた天真爛漫さや心からの笑顔を押し隠していたのだろう。それが、レオンとモノマネのゲームをすることで解放されたのだ。だからこそ、意思が強そうで、悲しみと苦しみと緊張感が漂っていたマチルダの表情しか知らなかったわたしたちは、マチルダが天真爛漫で心からの笑顔を見て、ホッとすると同時に一抹の悲しさを覚えてしまうのだろう。

そんなふたりはますます強く結びつく。この映画はマチルダが弟の復讐を果たすまでの過程を描いているが、同時にマチルダとレオンの愛情が、強く待っていく過程も描き出す。この物語は、レオンとマチルダの間に流れる様々な種類の、そしてこのふたりでしか成り立ち得ない種類の愛情を描いてゆく物語だと言ってもいいのかもしれない。

「根が地面についてない」

マチルダと共同生活をはじめる前から、レオンが大切にしていたものがある。それはレオンの世話する鉢植えの観葉植物だ。マチルダと共同生活をはじめてからも、レオンはこの観葉植物を大切にしていて、住まいを転々と変えるときにも、必ず荷物と一緒に持っていくほどだ。

たとえば、何度目かの転居のとき、街の通りをレオンとマチルダが一緒に歩く場面がある。そのとき、レオンが観葉植物を抱えて歩く姿が映し出される。そうすることが当然だというふうなレオンの姿、あるいは実に大切そうに観葉植物を抱えるレオンの姿を見て、わたしたちはレオンにとってこの観葉植物がどれほど大切であるかを知る。

レオンがこの鉢植えの観葉植物を大切にしているのは、「根が地面についてないということが自分と同じだ」からだとマチルダに教える場面がある。レオンは故郷のイタリアから、ある事件をきっかけにアメリカのニューヨークに流れ着いた過去を持つ。だから、自分自身もまた、どこにも根付いていない感覚、根が地面についていない感覚を抱き、この鉢植えの観葉植物に自らを投影しているのだろう。

この物語のクライマックス、レオンとマチルダの部屋が包囲されたときにも、レオンはマチルダに観葉植物を託して、部屋から脱出させる。レオンにとって、自分の生命と引き換えにしても守りたい大切な存在は、マチルダと観葉植物だということがわかる。
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ようやく地面に根を下ろす

特殊部隊に包囲された部屋をなんとか脱出することができたマチルダは、殺し屋になることを望む。レオンと出会ったとき、弟の復讐を果たすために殺し屋になりたいと言っていたマチルダ。そのためにレオンから殺し屋に必要な技術や心構えを習ったほどだ。そんなマチルダは鋭く悲しい目をしていた。何もかもを失ってしまったマチルダの目には、再び絶望と悲しみが宿ってしまった。

マチルダはこれからどのように成長し、どのような大人になるのだろうか。思わず、そんな想像をめぐらせる。けれど、レオンの雇い主のトニーに説得され、けっきょく寄宿舎のある学校に戻る。このままマチルダは成長して殺し屋になるのだろうか? それはないような気がする。なぜなら、弟の復讐はレオンが果たしたからだ。そして、殺し屋の技術や心構えを教えてくれたレオンはもはやいなくなってしまった。

物語の最後に、マチルダならその喪失の悲しみを乗り超えることができるだろうという、確信に似た気持ちもわたしたちは抱く。なぜなら、レオンの残したあの観葉植物がマチルダのそばにいるからだ。レオンが世話していた観葉植物は、マチルダの手によって学校の校庭にきちんと地面に植えられた。レオンが「根が地面についてないということが自分と同じだ」と言ったあの観葉植物は、ついに大地に根を下ろすことができた。

レオンの分身のような観葉植物が、マチルダの手によって寄宿舎のある学校の庭に植えられることで、マチルダはいつでもレオンに会えることができるし、観葉植物はマチルダの成長を見守ることができるようになった。これからは、マチルダが本来持っていた天真爛漫さと、心からの笑顔を浮かべることのできる大人に成長すると願いたい。そう思わずにはいられない、物語のラストシーンだった。

映画の概要・受賞歴など

映画『レオン 完全版』はリュック・ベッソン監督による1994年制作の作品。フランス語のタイトルは”Léon”、英語のタイトルは”The Professional”。リュック・ベッソン監督にとって、初のハリウッド初監督作品。

なお、リュック・ベッソン監督は2011年に映画『コロンビアーナ』という作品の脚本を書いた(共同脚本)。『コロンビアーナ』は、家族を殺された少女が殺し屋に成長し、家族の復讐を果たすために過酷な戦いに身を投じる、というストーリーになっている。

参考リンク

1)Yahoo!映画/『レオン 完全版』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『レオン 完全版』
eiga.com

3)Filmarks/『レオン 完全版』
filmarks.com


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