無心の赤ちゃんが大人たちの愚かさや未熟さを浮かび上がる/『赤ちゃん泥棒』
無心の赤ちゃんが大人たちの愚かさや未熟さを浮かび上がる/『赤ちゃん泥棒』:目次
- 愚かしいことに身を委ねてしまわないとたどり着かない場所
- エドを縛り付けていた鎖
- 完全な悪には染まっていない人間
- 愚かさや未熟さを抱えた自分と決別
- 映画の概要・受賞歴など
- 参考リンク
愚かしいことに身を委ねてしまわないとたどり着かない場所
映画『赤ちゃん泥棒』は、盗み出した赤ちゃんをめぐるドタバタ喜劇。他人の赤ちゃんを盗み出し、育てるつもりだった赤ちゃん泥棒の夫婦は、物語の終わりに成長する。まるで、赤ちゃんに育てられたみたいに。無心の赤ちゃんが大人たちの愚かさや未熟さを浮かび上がる物語だと言える。
アリゾナ州に住むハイとエドの夫婦は、家具チェーン店を経営する金持ちのネイサン・アリゾナ夫婦に五つ子が生まれたことを知る。子どもが望めない妻のエドは、どうしても赤ちゃんが欲しいと願うが、養子を迎えることもできなかった。そこで、五つ子のひとりを盗み出して、自分で育てることを企てる。
ところがそこへ、夫ハイのかつての刑務所仲間のゲイルとエヴィルが、刑務所を脱獄してやってくる。また、賞金稼ぎのスモールスも、赤ちゃんの行方を追ってくる。事態は思わぬ方向へ転がってゆく……、というストーリー。
人間は時として愚かしいことに身を委ねてしまう。それは人間が愚かさや未熟さを抱えているからだろう。しかし、人間は愚かしいことに身を委ねてしまわないと気づかない類のものごとがあるし、それをくぐり抜けないことには成長もない。そのようなことが、この物語のメッセージなのかもしれない。
もちろん、赤ちゃん泥棒や強盗といった犯罪行為に手を染めないに越したことはないだろう。でも、犯罪にまで至らなくとも、わたしたちは時として愚かしいことをしでかしてしまう存在なのである。
繰り返しになるが、この物語はわたしたちに、人間は愚かしいことをしでかしてしまわないと気づかない類のものごとがあるし、それをくぐり抜けないことには成長もないのだと、寓話的にメッセージを伝えている。この物語では、そういたことを無心の赤ちゃんという存在が、愚かで未熟な大人たちを浮かび上げるのだ。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
ハッピーエンドとバッドエンドが交錯する物語/『ブロードウェイと銃弾』
ハッピーエンドとバッドエンドが交錯する物語/『ブロードウェイと銃弾』:目次
- 本物のアーティストとは
- 柔軟性とそれを受け入れる勇気を持つこと
- ハッピーエンドとバッドエンドが交錯する物語
- 映画の概要・受賞歴など
- 参考リンク
本物のアーティストとは
映画『ブロードウェイと銃弾』は、本物のアーティストとは何か? を問う物語。ここでのアーティストとは、芸術家と言い換えることもできる。この記事では、作中に使われた「アーティスト」という言葉を「芸術家」の意味で使う。
若手劇作家のデイヴィッドに、プロデューサーのマルクスがようやく出資者を見つけてくるところから物語は幕を上げる。ところが、この出資者はマフィアのボスで、ボスは自分の愛人であるオリーブをこの舞台に出演させるように要求する。
オリーブは舞台で踊るダンサーだったが演技経験はない。だから、オリーブの演技力は素人同然の演技レベルでしかなく、その上なぜか甲高いキンキンした声でしゃべるのが耳障りである。マフィアのボスが愛人のオリーブの出演を要求したのは、やがて大女優になりたいとのオリーブの願いを叶えてやりたいと思ったからだ。
けれども、演技の酷いオリーブを出演させるなどの要求にうんざりしたデイヴィッドは、マフィアのボスからの出資を断ろうとするが、プロデューサーのマルクスからは、現実には妥協が必要なのだと説き伏せられ、しぶしぶながらその要求を飲んでしまう……。『ブロードウェイと銃弾』は、そんなところからはじまる物語。
そもそもはじめから、まともなスポンサーを得られなかったところが、デイヴィッドにそれほどの才能がなかったことを示しているのかもしれない。もちろん、良い作品を書けば、必ず良質なスポンサーが見つかるとは限らないけれども。けれども、マフィアしかスポンサーを得られなかったところが、物語の行方、デイヴィッドの行方を暗示しているようでもある。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
ウイスキーに導かれて/『天使の分け前』
ウイスキーに導かれて/『天使の分け前』:目次
- 後悔にも似た感情を抱いて物語を見つめる
- 仲間と、そしてウイスキーとの出会い
- 罪を抱えたからこそ、一歩ずつ自分の歩むべき道を見定める
- 天使の分け前
- 映画の概要・受賞歴など
- 参考リンク
- 管理人からのお知らせ:更新日の変更について
後悔にも似た感情を抱いて物語を見つめる
映画『天使の分け前』は、それまで自分でも知らなかった自分の才能や可能性に気づき、新たな自分となって人生を再出発する若者を描いた物語だ。しかし、その再出発へ至るまでに、この物語の主人公ロビーは、多くの人々を身体的にも精神的にも深く傷つけ、人生を大きく歪ませたという深い罪を背負っている。
自分の才能や可能性に気づくのは、いつになるのかは誰にもわからない。不幸にして、出会わないこともあるかもしれないし、この物語の主人公ロビーのように取り返しのつかない出来事を起こしてしまったあとかもしれない。
ロビーは深い罪を背負ったあと、人生の針路を決定づけたウイスキーと出会うことによって、自分の人生を立て直してゆく。もちろん、その道のりは一筋縄にいかない。ロビーは過去の悪い仲間からの襲撃を恐れ、自分の犯した行為に苦しみながら、自分の再出発する道を求めていく。
ところで、この物語の舞台は、イギリスのスコットランド。スコッチ・ウイスキーの本場として知られる。この物語のタイトルにもなっている「天使の分け前」という言葉もウイスキーに関連する言葉だ。
ウイスキーを熟成するときには、原酒を樽に入れ、ある程度の期間をかけてじっくりと保管しながら熟成させるが、この熟成のあいだに、年2%の割合で樽に入れた原酒は蒸発してしまう。この減った分が「天使の分け前」と呼ばれているそうだ。
自分の才能や可能性に気づくのがもっと早ければ、こんなことになってしまわなかったのかもしれない。ロビーの行動を見つめながら、わたしたちは後悔にも似た感情を抱く。けれども、上質なウイスキーを生み出すスコットランドの広大な自然とともに、わたしたちは主人公ロビーの再出発をやさしく見守り続けることになる。綺麗事だけではなく、現実的な欠陥や欠落を抱えている登場人物たちだからこそ、胸に沁みる物語だ。
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※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
映画はある種のタイムカプセル/2017年3月のまとめ
『誤読と曲解の映画日記』/2017年3月のまとめ目次
- 『男はつらいよ』に映し出される半世紀近く昔の風景
- 映画はある種のタイムカプセル
- 『誤読と曲解の映画日記』今月のまとめ
- 管理人からのお知らせ①:更新日の変更について
- 『誤読と曲解の読書日記』今月のまとめ
- 管理人からのお知らせ②:『週刊はてなブログ』で紹介されました
- 管理人からのお知らせ③:Amazonほしい物リスト
『男はつらいよ』に映し出される半世紀近く昔の風景
最近、渥美清主演の『男はつらいよ』シリーズを第1作から順に観ています。1、2週に1本のペースですが、アマゾン・プライム・ビデオにシリーズが入ったのをきっかけに観ています。
『男はつらいよ』のストーリーは、旅から浅草に帰ってきた寅さんがドタバタ騒動を巻き起こす、出会った美女に寅さんがすぐに恋に落ちるけれども、失恋してしまう、というワンパターンといえばワンパターンなストーリーですが、寅さんの口上とストーリーのテンポの良さで、なかなか楽しんでいます。
ところで、この『男はつらいよ』、第1作の公開は1969年8月と、今から約半世紀近くも昔のことなんですね。つまりは、実に半世紀近く前の日本の姿を映像に残していると言っても良い。
だから、そこに映し出される風景や道具が、今の感覚から見るとずいぶんと古いものに見えます。そもそも蒸気機関車が現役で走っているし、黒電話や公衆電話を日常的に使っています。寅さんが旅先から浅草へと掛ける遠距離の電話となると、公衆電話に十円玉をチャリンチャリンと、実にせわしなく投入し続けながら会話をしなきゃいけない。
道路だって、今のように日本の隅々までアスファルトで舗装された道路が走っているわけでもなく、車がスピードを出して走ると、土ぼこりや砂煙がもうもうと立ちこめたりします。