誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

ウイスキーに導かれて/『天使の分け前』

ウイスキーに導かれて/『天使の分け前』:目次

後悔にも似た感情を抱いて物語を見つめる

映画『天使の分け前』は、それまで自分でも知らなかった自分の才能や可能性に気づき、新たな自分となって人生を再出発する若者を描いた物語だ。しかし、その再出発へ至るまでに、この物語の主人公ロビーは、多くの人々を身体的にも精神的にも深く傷つけ、人生を大きく歪ませたという深い罪を背負っている。

自分の才能や可能性に気づくのは、いつになるのかは誰にもわからない。不幸にして、出会わないこともあるかもしれないし、この物語の主人公ロビーのように取り返しのつかない出来事を起こしてしまったあとかもしれない。

ロビーは深い罪を背負ったあと、人生の針路を決定づけたウイスキーと出会うことによって、自分の人生を立て直してゆく。もちろん、その道のりは一筋縄にいかない。ロビーは過去の悪い仲間からの襲撃を恐れ、自分の犯した行為に苦しみながら、自分の再出発する道を求めていく。

ところで、この物語の舞台は、イギリスのスコットランド。スコッチ・ウイスキーの本場として知られる。この物語のタイトルにもなっている「天使の分け前」という言葉もウイスキーに関連する言葉だ。

ウイスキーを熟成するときには、原酒を樽に入れ、ある程度の期間をかけてじっくりと保管しながら熟成させるが、この熟成のあいだに、年2%の割合で樽に入れた原酒は蒸発してしまう。この減った分が「天使の分け前」と呼ばれているそうだ。

自分の才能や可能性に気づくのがもっと早ければ、こんなことになってしまわなかったのかもしれない。ロビーの行動を見つめながら、わたしたちは後悔にも似た感情を抱く。けれども、上質なウイスキーを生み出すスコットランドの広大な自然とともに、わたしたちは主人公ロビーの再出発をやさしく見守り続けることになる。綺麗事だけではなく、現実的な欠陥や欠落を抱えている登場人物たちだからこそ、胸に沁みる物語だ。
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※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

仲間と、そしてウイスキーとの出会い

主人公のロビーは傷害事件を起こし、裁判にかけられる。ロビーはこれまで何度も傷害事件を起こし、警察に逮捕された経験もある若者だ。そんなロビーに、裁判所は更生の可能性を見出し、社会奉仕活動に従事することを命じる。ロビーは懲役を免れ、恋人のレオニーや生まれてくる赤ちゃんのために、人生を立て直すことを決意する。

更生プログラムの一環で、ロビーが被害者と面談する場面がある。ロビーの暴力によって深く傷つけられた被害者と、その家族とに直接会い、被害者らの言葉に耳を傾けることで、更生を促すというプログラムだ。ロビーが面白半分に振るった暴力のせいで、罪のない他人の身体のみならず、その人生までをも取り返しのつかないほどに深く傷つけた過去が、ここで明らかになる。

更生プログラムの面談中、ロビーは被害者の言葉に顔を背ける。反省していないわけではない。むしろ、被害者の言葉が心の痛みとなって響いているからこそ、ロビーは被害者を直視できずに、ぶるぶると震えてしまうのだ。自分の犯した罪の大きさに震え、自分のしでかした行為を深く反省し、後悔しているように見える。わたしたちまで心が締め付けられる思いをする場面だ。

そんなロビーは、裁判所から義務付けられた社会奉仕活動でハリーと出会う。ハリーはベテランの社会奉仕指導員で、ユーモアを交えながらもあたたかくロビーを見守る。このハリーはウイスキーの愛好家でもあった。ハリーはロビーに赤ちゃんが生まれたことを祝い、ロビーとともにとっておきのウイスキーを開ける。ロビーにとっては初めてのウイスキーとの出会い。ウイスキーの味にひどく戸惑うロビーが印象的で、ここではまだ、自らの才能に気づいていないようだ。

社会奉仕活動をはじめたロビーは、同じく裁判所から懲役の代わりに社会奉仕作業を義務付けられた者たちと出会う。ある日、ロビーはこの仲間たちとともに、ハリーの「課外授業」に出かける。それはウイスキーの蒸留所見学だった。ウイスキーの魅力に少しずつ惹かれていくロビー。今までの人生で出会うことのなかったウイスキー。このあいだ、ハリーが赤ん坊の誕生祝いに飲ませてくれたウイスキーとの出会いとともに、ロビーは自分の人生の方向を決定づける、ウイスキーテイスティングの才能に、次第に目覚めていくことになる。

罪を抱えたからこそ、一歩ずつ自分の歩むべき道を見定める

ロビーが傷害事件を引き起こし、かつてつるんだ悪い仲間の襲来に怯えるようになるまでの人生は、この物語では描かれていない。でも、ロビーは裁判所から社会奉仕活動を言い渡されるまで、社会奉仕指導員のハリーや、ともに社会奉仕活動を義務付けられた仲間たち、そしてウイスキーといったかけがえのない存在に、恋人のレオニー以外には出会ってはこなかったのだろうという想像がめぐる。

ロビーを暖かく見守り、ロビーが間違った方向に進みそうになるときには、厳しくもやさしく諌めるハリー。ロビーとともに蒸留所見学に行き、テイスティングを試し、そして蒸留所の蔵に忍び込んで幻のウイスキーを盗み出すことになる仲間たち。そして、ロビーのテイスティングの才能を引き出したウイスキー。そういった存在に、もう少し早くロビーが出会っていればとの思いが頭をよぎる。けれども、もはや取り返しのつかない罪を犯したあとであり、その罪は消えないし、被害者の苦しみが癒えることはない。

あるいはこうとも考えられる。ひょっとすると他人を深く傷つけることでしか、前に進むことのできないものごともあるのではないだろうか。そんな思いさえ湧いてくる。誰かを傷つけ、そして誰かに与えてしまった深い傷に気づくことで、自分もまた変わらざるを得ないことも、世の中にはあるのではないだろうか。ロビーが被害者と面談したときのように。

その意味では、たとえロビーが深い罪を負う前にそういったかけがえの存在に出会っていても、その価値に気づかなかったのではないだろうか。自分が何を求めているのかわからないうちに、そういった存在に気づかなければ、ただ興味のないものとしてスルーしてしまうだけなのではないか。

つまりは深い罪を犯してしまったあと、切実に自分の人生を立て直そうと求めなければ、ハリーの導きを拒絶し、仲間たちとの友情とも育めず、そしてテイスティングの才能に気づかなかったのかもしれないということだ。それはひどく残酷なことなのかもしれない。けれども、罪を抱えたままのロビーは、その罪を抱えて一歩ずつ、自分の歩むべき道を見定めてゆく。
Whisky Warehouse

天使の分け前

少しずつウイスキーテイスティングの才能に目覚めてゆくロビーは、あるとき、ハリーからウイスキーの会に誘われる。そこでロビーはウイスキーコレクターのタデウスと出会う。テイスティングの才能をタデウスに見込まれるロビー。そのウイスキーの会で耳にした、幻のウイスキーがオークションにかけられるという話を聞き、ロビーは仲間たちとともに、その蒸留所へと向かう。

ロビーは幻のウイスキーの樽が保管されている蔵に忍び込み、蔵の外に潜んでいた仲間たちと連携して、そのウイスキーを少しだけ盗み出す。どうしても幻のウイスキーが欲しいタデウス(のクライアント)に転売するために。結果としてロビーは、幻のウイスキーをタデウスに高価な金額で買い取ってもらうことに成功するのだ。

幻のウイスキーを(樽の大きさと比べれば)少しだけ盗み出し、それを転売し大金を得たロビーたち。まさに「天使の分け前」のおかげで、ロビーとその仲間たちは人生をやり直すために出発できたのだ。ロビーはそのお金を手に入れ、妻子とともに新天地へと旅立ち、この物語はハッピーエンドを迎える。

たしかに、ウイスキーを盗み出す、そのために蔵に忍び込む、盗み出したウイスキーを高額で転売する、そう行った行為は、法律や道徳の面から見れば非難されるべきものだろう。特に、もう二度と暴力沙汰は起こさないと誓ったロビーを、そういった面から非難することもできるだろう。

もう二度とケンカはしない、暴力沙汰は起こさないと誓ったロビー。恋人のレオニーと赤ちゃんのためにも人生を立て直すと本気で誓ったロビー。けれども、ロビーのウイスキーを盗み出し、転売するという一見すると犯罪的な行為は、「天使の分け前」を手に入れて人生をやり直すために必要な、通過するべき行為だったのかもしれない。

よく考えたら、オークションで幻のウイスキーを高額で競り落としたのは、いかにも成金という感じのするアメリカ人のおじさんで、ウイスキーの価値も本当にわかっているのかあやしいところがある。むしろ、幻のウイスキーを高額で競り落とすという行為に価値を置いているかのような人物だった。幻のウイスキーがそのような成金の元へ行ってしまうのなら、「天使の分け前」を少しだけロビーたちが手に入れた方が、いくらか価値のあることなのだろう。

新しい人生へ向かって旅立つまでに、ロビーは深い罪を背負うなど、ずいぶんと回り道をした。それでも本気で心から人生を立て直したいと願ったからこそ、天使が手を差し伸べたのだと言えるだろう。そしてロビーたちに、天使はその分け前を与えてくれたのだ。

映画の概要・受賞歴など

映画『天使の分け前』は2012年制作のケン・ローチ監督作品。原題は、日本語タイトルと同じ”The Angel’s Share"。本作は第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映され、ケン・ローチ監督は審査員賞を受賞する。

ケン・ローチ監督は『麦の穂をゆらす風』(2006年制作)で、第59回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞するなど、イギリス映画界の巨匠として知られる。

参考リンク

1)Yahoo!映画/『天使の分け前』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『天使の分け前』
eiga.com

3)Filmarks/『天使の分け前』
filmarks.com

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映画ブログ『誤読と曲解の映画日記』は、これまで毎月第1土曜日と第3土曜日の月2回、定期的に映画の感想についての記事を更新してきました。

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