誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

年齢を重ねても前向きに生きる姿が輝く/『カルテット! 人生のオペラハウス』

「老人は弱虫では生きられない」

映画『カルテット! 人生のオペラハウス』は、ジュゼッペ・ヴェルディ生誕200周年記念作と銘打ったとおり、ヴェルディ作曲のオペラ『リゴレット』をはじめ、華やかな音楽に彩られた作品。

舞台は、第一線から引退した元音楽家たちの住む「ビーチャムハウス」。しかし、このホームは運営資金が不足していて、このままではホームが存続できずに閉鎖されてしまうという。そこで、元音楽家たちは、コンサートを開いて資金集めをすることに。老人たちは練習にいそしんでいた。

そんなホームへ、ひとりの女性が入所してくる。彼女はかつての名声楽家。しかも、彼女がやってきた老人ホームには、彼女がかつてカルテットを組んでいた仲間も入所しており、しかもその仲間にはかつて9時間だけ結婚していた元夫もいた。

その後のストーリーはだいたい想像どおりのハートフルコメディーとなっているが、上映時間の短さもあるのか、少々小粒な印象を受ける作品となってしまったのが、やや残念なところか。

ただ、作中で何度も使われるフレーズ「老人は弱虫では生きられない」という言葉のとおり、年齢を重ねても前向きに生きるのは素晴らしいものだ、仲間とともに熱中できる何かに情熱的に打ち込む姿は輝かしいものだ、ということは伝わる作品となっている。


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

ひとつのファンタジーとして

この映画を観ながらひとつの疑問を抱いた。それは、人間はそんなに簡単に分かり合えるものなのだろうか? という疑問だ。

この作品の主要な登場人物はみな高齢者だ。さまざまな思いや感情、葛藤を抱えながらも、年齢や経験を重ねてきたのだから、高齢になったぶんだけ理解し、許すことができるのだろうか?

もちろん、そういった感情や葛藤が描かれていないわけではない。しかし、その過去の出来事やその当時の感情のぶつけ合いなどは簡単に言及されるにとどまるせいで、元夫と元妻の和解が、拍子抜けするほどあっさりとしたものにとどまっているのが残念だ。

たとえば、自分が元夫の立場だったら、自分を捨てて出て行ったまま数十年が過ぎたのちに、突然現れた元妻のことを、すんなりと受け入れることができるだろうか。同業者として彼女の歌唱力を認め、尊敬をしていたとしても。あるいは、どれほど彼女を愛していたとしても。

あるいは、年齢を重ね、経験を積んできたからこその矛盾や葛藤を描く方法だって、きっとあったはずだ。

だからこそ、4人でカルテットを組んでステージ立つために協力する場面でも、「どうしてもこの4人がそろわないとダメなんだ!」と納得できる材料にやや欠ける。たとえこの4人がそろった方が、しかも元妻は大スターだったから資金が多く集められるという理由が説明されているにしても、説得力に欠ける印象が否めない。

そのあたりの陰影がもっとくっきり描いてあると、もっと深みのある作品になっただろう。そういう意味では、本作はひとつのファンタジーとして楽しめばいいだろう。

本物の元音楽家たちが登場

ところでこの作品では、たくさんの元音楽家たちが歌い、演奏する場面が出てくるが、実はその元音楽家たちを演じているのは、かつて本当に華々しく活躍した音楽家たち。最後のロールエンドには、名前とともに、かつての若い姿と作中の姿の写真が紹介される。

元音楽家たちの過去に培った演奏の技術や声は、さすがに年齢を重ねたぶんだけ衰えをみせていると嘆くシーンもある。そして同時に老いならではの悲哀にもとらわれている。けれども、過去の栄光にすがって、今現在をそれほど憎々しく感じているわけではない。

多くの人々にとって、老いは避けることのできない現象だ。身体の機能は衰え、場合によっては認知症なども発症してしまう。この作品の舞台にもなっているホームで暮らす元音楽家たちのように。

しかし、ここの元音楽家たちは、仲間たちとともに音楽を楽しみながら、日々を穏やかに過ごしている。ある種の理想の老後の姿を描いているのだ。こういう老後を、自分も過ごせたらいい。そんなことを思わせる映画だ。

参考

1)Yahoo!映画/『カルテット! 人生のオペラハウス』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『カルテット! 人生のオペラハウス』
eiga.com

3)『カルテット! 人生のオペラハウス』/公式ホームページ
quartet.gaga.ne.jp


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