運命がつかさどるよりもずっと奇妙なことが、この世界では起こりうる/『誘惑のアフロディーテ』:目次
「理想的な」母親探しに奔走する物語
映画『誘惑のアフロディーテ』は、スポーツ記者のレニー・ワインリブとアマンダの夫婦が養子を引き取るところから始まる物語。レニーとアマンダの間には子どもがいない。アマンダは養子を引き取って育てることを主張するが、レニーは反対する。しかし、いざ養子のマックスを引き取ると、レニーはマックスにメロメロとなり親バカぶりを発揮する。
それから数年後、マックスはこんなにハンサムで利発で性格も最高の子どもなのだから、遺伝からするとその実の母親も素晴らしい「理想的」な母親に違いないとの思いにレニーは取りつかれてしまう。その一方で、画廊に勤めるアマンダに独立する話が持ち上がり、アマンダは後援者のベンダーに言い寄られる。レニーとアマンダの夫婦関係が少しずつ冷めたものになっていくと、ますますレニーはマックスの実の母親探しに没頭する……、というストーリーだ。
この物語は「再生」がテーマなのかもしれない。「再生」とはいうまでもなく、リンダの人生「再生」を描いているからだ。リンダとは、レニーが探し当てたマックスの実の母親である。
レニーがようやく探し出したマックスの実の母親リンダ、彼女は「理想的」とは言いがたい女性だということがすぐに判明してしまう。リンダは女優を目指し、その夢を叶えるためにポルノビデオに出演し、今では娼婦をやっている女性だったのだ。それでもレニーは、リンダを「再生」させるために奔走する。その一方で、レニーとアマンダの夫婦仲はますます悪化してゆく……。
※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。
自分の人生にうんざりしていたリンダ
マックスの実の母親であるリンダは、人生に迷っていた。もちろん、レニーと出会ったばかりの頃はそんなことなどおくびにも出さない。リンダには女優になる夢があり、その道を目指しているところだと主張する。わたしたちの目から見ると、その歩みはひどくまわり道をしているし、女優への道は厳しいだろうなあとも思えるsが、リンダ本人はこの道を歩いてゆけば、いつかきっと女優になれると信じている。あるいはそう信じようとしている。
それというのも、リンダはこのままでは自分がけっして女優になれないことを、うすうす気づいているフシがあるからだ。言い換えれば、自分の人生が袋小路にはまり込んでいて出口を見いだせていないことに気づいている。そしてリンダ自身もまた、そんな自分にうんざりしている。
だから、心のどこかで自分の人生が軌道修正されるのを望んでいたのだろう。そうでなければ、レニーに付き合うはずはない。レニーはリンダをマックスの「理想的な母親」にするべく奮闘する。たとえば、リンダが娼婦をやめることを決意したときには、娼婦の元締めに便宜を計ってリンダを娼婦の世界から抜け出させる。また、引退して農夫になる予定のボクサーとリンダの見合いをさせる。うまくいけば田舎で夫婦としてやり直すことができるからだ。
このようにレニーは、リンダの「再生」のためにあれやこれやと世話をする。実におせっかいなほどに。リンダもはじめのうちは、娼婦の客を装って自分に近づいてきたレニーを警戒したが、やがてレニーの真剣さに気づき、自分の人生をもう一度やり直す「再生」に踏み出すのだ。
そんなリンダは、やがて自分の本当の夢、あるいは自分が心から求めていることに気づく。それは、リンダの人生をすっかり変えてくれ、そしてリンダを最愛の人だと思ってくれる人と出会うことだった。
予言を振り払って、自分の信念に突き進むレニー
物語のところどころで、古代ギリシア演劇風の衣装を身にまとった合唱隊長やカッサンドラたちがレニーに向かってさまざまな予言をするところが、この物語のひとつの特徴だ。その予言とは、レニーに踏みとどまるように警告し、不吉で不穏な結末を示唆する予言である。
そもそも、この作品のタイトルにもなっている「アフロディーテ」とは、愛と美と性を司るギリシア神話の女神のことのようだ。また、この作品には古代ギリシャの劇場跡を思わせる舞台や、これまた古代ギリシャの合唱隊「コロス」が登場する。古代ギリシャ悲劇の『オイディプス王』への言及、悲劇の預言者カッサンドラや盲目の預言者ティレシアスと、古代ギリシャ悲劇に関係する神々も登場する。
マックスの実母を見つけようと突き進むレニー、そしてリンダを「再生」させようと突き進むレニーに向かって、合唱隊長やカッサンドラは、そんなことをしていると不幸な結末をもたらすだけだ、ろくなことにならないぞと、ことあるたびに不吉な予言を告げる。
物語のところどころで告げられる予言が、わたしたちにひとつの予感を抱かせる。予言に耳を貸さず、その警告めいた予言に従わないレニー。そんなレニーがかき回すこの物語は、ひょっとするとひどい悲劇がもたらされてしまうのではないかと、わたしたちに思わせてしまうのだ。
けれども、予言などに聞く耳を持たず、レニーはまっすぐに突き進む。レニーの行動は、マックスの「理想的な」母親のためだし、ひいてはマックスのためだと信じて疑わないからだ。警告めいた予言に耳を貸さなかったレニーは、やがてマックスの実母であるリンダを見つけ出し、そしてリンダの「再生」に奔走するようになる。
多少ゆがんではいるが、そのようなレニーのまっすぐな姿勢が、リンダを「再生」させ、ものごとを良き方向に向かうように修正させてゆく力を持っていたのかもしれない。なまじ、予言になど耳を傾けなかった方が、結果としてよかったのだ。
ところで、この予言とはいったい何だったのだろう。それは、レニーの心の奥底で響いている、レニー自身の不安の表れだったのかもしれない。レニー自身も自分がマックスの実母探しやリンダの再生にまっすぐに突き進んでいることに、若干の不安を心のどこかに感じていたのかもしれない。果たして自分がしていることは正しいことなのだろうか? 自分が進む方向は正しい方向なのか? そんなレニーの不安がレニー自身の行動にブレーキをかけようとしたのだろう。予言というかたちをとって。
しかし、レニーはそんな不安を振り払ったのだ。もし、予言に従って何もかもあきらめていたら、どうなっていただろう。レニーとアマンダの夫婦は修復できないほどに壊れてしまい、リンダの人生もまた再生もできずに壊れていくだけだったのかもしれない。そう考えると、予言というかたちをまとった不安に耳を貸さず、自分の信念に突き進むことが、ものごとを良き方向に導く方法なのかもしれない。
一歩間違えれば壊れてしまいそうな幸福
この物語のラストは、こういう幸福のかたちがあるのかと思わせる。こんな幸福のかたちがあってもいいよねと説得力のあるラストだ。知らないこと、知らせないことが、今ここにある幸福を最大にさせると、レニーとリンダは互いに確信しているからこそ、このようなラストシーンが成り立つのだろう。すべては運命がつかさどるよりもずっと奇妙なことが、この世界では起こりうるのだと思わせるラストシーンだ。
もし、レニーがリンダに、マックスの存在を教えていたらどうなっていただろうか。リンダにマックスの存在を伝える機会は何度もあったはずだ。でも、レニーは最後までリンダにマックスの存在を明かさない。あるいはなぜ、レニーはリンダに自分が養父だと名乗らなかったのだろうとの疑問も湧く。マックスを養子に迎えるときにそういう契約になっていたかもしれない。あるいは、マックスの実の母親がどんな女性であっても、はじめから真実を明かさないと覚悟をしていたかもしれない。
それとも、リンダがレニーの考えるような「理想的」な母親ではなかったから、レニーはマックスのことを打ち明けなかったのだろうか。まあ、そうだったからこそレニーはリンダの再生のために奔走するのだが。さらにはこんなことを考えてしまう。もし、リンダがレニーの考えるような「理想的」な母親だったら、真実を語ったのだろうかと。その場合、ひょっとすると、妻のアマンダとの関係もうまくいってなかったレニーはアマンダを捨て、「理想的」な母親の方へ走ったかもしれない。
知らせてしまうこと、知ってしまうことで、今ここにある現実がどうなってしまうのかはまったくわからないし、最悪の場合、なにもかもが修復不可能なまでに破壊されてしまうことだって考えられなくはない。このあたり、実際に本作を目にして、あれこれと「そうならなかった展開や結末」を想像するのもいいのかもしれない。
それでも、レニーはまっすぐに突き進む。すべては愛する息子のマックスのために。マックスの「理想的」な母親のために。そんなレニーの愛は、多少ゆがんでいるようにも見えるが、マックスのために注ぐまっすぐな愛情だ。その愛情が、一歩間違えれば壊れてしまいそうな幸福をもたらすのだ。
映画の概要・受賞歴など
映画『誘惑のアフロディーテ』は、1995年制作のウディ・アレン監督による作品。原題は”Mighty Aphrodite”。”Mighty”とは、「力強い」「強力な」「すばらしい」などの意味がある。「アフロディーテ」とは、愛と美と性を司るギリシア神話の女神。元来は春の女神でもあったという。
また、リンダ・アッシュ役を演じたミラ・ソルヴィノは、この作品でアカデミー賞助演女優賞を受賞した。
※この項目は、Weblio辞書の”Mighty”の項目と、wikipediaも「アプロディーテー」の項目を参考にしました。
参考リンク
1)Yahoo!映画/『誘惑のアフロディーテ』
movies.yahoo.co.jp
2)映画.com/『誘惑のアフロディーテ』
eiga.com
3)Filmarks/『誘惑のアフロディーテ』
filmarks.com
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