誤読と曲解の映画日記

映画鑑賞日記です。

どこまでも居心地が悪く、その不安定さに苛立つ物語/『マーゴット・ウェディング』

どこまでも居心地が悪く、その不安定さに苛立つ物語/『マーゴット・ウェディング』:目次

居心地の悪い物語

映画『マーゴット・ウェディング』は、姉妹の確執を描いた物語。ニューヨークで暮らす作家マーゴットの元に、妹のポーリンが結婚するとの知らせが届き、マーゴットは息子のクロードを連れて故郷を訪れる。マーゴットは久々に妹ポーリンとの再会を喜ぶが、ポーリンの婚約者マルコムが芸術家気取りの無職のどうしようもない男だと知り、不安を抱く。結婚式までの日々、マーゴットはクロードとともに実家で過ごすが、徐々に姉妹の確執があらわになってゆく……。

物語全編を通じて、わたしたちは居心地の悪さを感じる。同時にまた、苛立ちや不安定さも感じ続けることになる。これは、この物語の多くの登場人物たちが、過剰なものと欠落したものをどこかに抱えていて、精神面で成熟した人物がほとんどいないことに由来するのではないだろうか。

主人公のマーゴットは情緒不安定なところがある。不安定さと苛立ち。マーゴットは、そのようなものを常に抱えている人物として描かれる。マーゴットは夫のジムとの関係はうまくいっておらず、離婚することを考えてはいるが、その決断を下すまでには至っていない。夫婦の関係を続けることにも、離婚することにも不安を抱えたまま、どちらにも踏み出せないままでいる。

妹のポーリンは、マルコムとの結婚に向けて準備を進めている。前の夫との間に娘のイングリッドがいるが、前の夫との関係は、マーゴットのせいで破綻してしまっている。今はマーゴットに怒りは抱えてはいないが、姉に裏切られたとの気持ちを消せないまま抱えている。そのせいで、ドラッグやカルト、くだらない自己啓発にはまっている人物だ。そして今、芸術家気取りの無職で、どうしようもないマルコムと結婚しようとしている。

『マーゴット・ウェディング』は、そんな姉妹が久しぶりに再開することからはじまる物語だ。過去には衝突があったけれども、とにかく今は仲の良い姉妹となろうと、マーゴットもポーリンも振舞う。憎しみや妬み、どうしようもない許せなさを抱えてはいるが、とにかく子どもたちやマルコムといった親しい人々の手前、そういった負の感情を抑えて、仲良く振る舞おうとしている。

けれども、そこに隠しきれないよそよそしさや痛々しさを感じる。マーゴットとポーリンの間には、修復できないほどの深刻な亀裂が常に存在している。子どもたちやマルコムの前では、ふたりとも過去の確執にとらわれずに仲良い姉妹として振る舞うが、隠し切れない互いへの不信感を抱えていて、その不健全な感情が物語の端々で顔を出してしまう。だから、わたしたちはこの物語を観ている間は終始、苛立ちや不安定さにさらされ、そのせいで常に居心地の悪さを感じるのだろう。
cracked


※以下、ネタバレ的な要素が含まれています。

不安定で苛立つ姉妹

マーゴットとポーリンの姉妹に確執があるのは、もともとはマーゴットのせいだ。マーゴットが、ポーリンの結婚生活に脚色を加えて、小説として世の中に発表したおかげで、ポーリンの結婚生活は破綻してしまったからだ。ポーリンはそのことに怒りは抱いていないというが、姉に裏切られたとの気持ちをいまだにずっと抱えたままでいる。

そしておそらくは、かつて人当たりのいい一流の教師だったポーリンは、その結婚生活の破綻のせいで、怪しげなカルトやどうしようもない自己啓発、そしてドラッグにハマり、内面生活が混乱したままでいる。だから、ポーリンとの間に確執が生まれ、絶縁状態にあったのだが、マーゴットは、ポーリンとは自分から縁を切ったとさえ言ってしまう。

マーゴットはそんなポーリンの婚約者であるマルコムを見て、激しく失望してしまう。マルコムは画家だと名乗ってはいるが、絵を描いている場面などほぼない(どうしようもない落書きを描く場面はある)。マルコムは自堕落で短気で自意識過剰で、わたしたちの目から見ても、どう考えても画家としてやっていけそうには見えない。だから、このふたりが将来的に夫婦として上手くやっていけそうにはとても見えないのだ。

そしてまた、マーゴットはとにかく他人の悪口を口にしてしまう。たとえば、夫のジムに電話でマルコムのことを話す場面があるが、マルコムについて「魅力がまったくゼロ」だとこき下ろすし、自分がかつて住んでいた家を「居心地の悪い家」とさえ言ってしまう。また、地元に住む歴史小説家でマーゴットの浮気相手であるディックの娘メイジーのことを、「本当にどうしようもない子。品がなくて頭が悪いし、偉そうに知ったかぶり」と不満を言い立て、息子のクロードに向かって、メイジーに近づくなとさえ告げる。

またあるとき、マーゴットはポーリンの私物を眺めていたのだが、その品々にことごとく幻滅し、たまたまそこに居合わせたクロードに、「頭がいいのにくだらない本ばかり」「偽善者もいいとこ」「選ぶ男もクズ」と悪口を並べ立てる。マーゴットがポーリンの現状に苛立っていることがよくわかる。

そのようなマーゴットは情緒不安定で、自分でも自分が行くべき方向をうまく見定めてはいない。その理由のひとつには、夫のジムと離婚することについて考えているからだろう。ジムはマーゴットと離婚する気はないが、マーゴットは離婚するつもりだが、まだ決意にまでは至っていない。息子のクロードには離婚の話をしていないが、それはまだ自分の心を決めかねているからだろう。

このように、マーゴットとポーリンの姉妹は、ともに不安定なものを抱え、常に何かに苛立っている。画面からは居心地の悪さが常に流れ出している。わたしたちはそんな姉妹のあり方を目の当たりにし、ここにあまり長居したくはないような、早くどこか別の場所へと行きたいような、そんな気持ちにさえさせられるのだ。

問題や災厄をもたらすだけの人々

姉妹を取り巻く人々が何人かいるが、いずれも問題というか災厄というか、いずれにせよあまりよくないものを姉妹にもたらす人物たちだ。この物語は、姉妹を取り巻く人々がもたらす問題や災厄によって、ますます姉妹の間にある亀裂が深刻になり、修復不可能なほど深いものになってゆく過程を描く物語だとも言えるだろう。

ポーリンの婚約者マルコムは、どうしようもない人間。無職だし、画家だと名乗っているが、物語の中では画家としてのマルコムの描いた作品は登場せず、どうしようもない下品な落書きを描く場面だけが登場する。マルコムがポーリンの婚約者としてマーゴットの前に現れたことから、姉妹の確執を浮き彫りにし、その亀裂を決定的なものにしてしまう人物だ。

ポーリンの家の隣に住む一家は、絶対に分かり合うことのできない人物たちとして描かれる。森の中の小道で子どもを厳しくしつけた形跡があるが、マーゴットの目から見れば、それは児童虐待にも見える。また、豚を一頭丸ごと家の中で解体し、それを庭で丸焼きにするような一家だ。そんな隣の一家の息子は、クロードに襲いかかり噛みつくことさえやってしまう。

そんな一家の主人は、マーゴットの家の庭に生えた木の根が腐っていると主張し、それを切り倒せとの主張を曲げない。隣の一家との関係は、まるでマーゴットとポーリンの関係を見ているかのようだ。互いに自分の主張だけをぶつけ、相手の意見を受け入れることなどしない。けっして理解し合うことはなく、決定的に分裂したままだ。そんな隣の一家との関係と、マーゴットとポーリンの関係が重なる。

このように、問題や災厄をもたらすだけの人々との関わりは、姉妹の関係や物語の行方を好転させることはない。ますます事態をこじらせ、怒りと憎しみに彩られた相互不信を高めていくだけなのだ。
Mysterious Forest in the Pacific Northwest

再生の可能性がほんの少しだけ

ディックとメイジーの父と娘もまた、問題や災厄をもたらすだけの人物として描かれる。ディックはマーゴットの浮気相手で、マーゴットはジムと結婚していながら、ディックと浮気していた。

こんな場面がある。地元の本屋の「対話集会」での場面。集会がはじまる前、ディックは「ジムはもっとわかりやすい小説を書けばいいのに」と、マーゴットに告げる。そしてさらに続ける。ジムは「いい奴だが、小説家には向いてない」と。そんなディックに、「彼と別れてここで暮らす」と宣言するマーゴット。一度はマーゴットの心はディックに傾いたのだ。

けれども次の瞬間、ディックは「僕は誘っていないよ」と言い放つ。ディックはあくまでも、マーゴットが彼を誘惑したという体裁を繕うのだ。そんなディックにマーゴットは不信感を抱く表情を浮かべる。さらに「対話集会」の本番で、ディックはマーゴットに執拗に個人的な質問をする。そのことでマーゴットは不安定になっていき、ついにディックとの関係を断ち切ることを決意する。

そんなディックの娘はメイジー。メイジーはそれほど美人ではないがグラマラスな体をしている。マルコムは、そんなメイジーと過去に関係を持っていたことを告白することになるのだ。未成年者であるメイジーと関係を持ってしまったマルコムに、ポーリンは激しい怒りを抱く。ポーリンはマルコムの告白直後に、たまたま部屋で出会ったメイジーのあとをつけ、階段からメイジーを蹴とばそうとまでしようとする。さらには、メイジーとの関係を知ったディックにも、マルコムは何度も蹴飛ばされるなどの激しい怒りをぶつけられ、心身ともにボロボロになってしまう。

マーゴットとディックとの浮気関係、そしてメイジーとマルコムとの関係。ディックやメイジーは、自分のしたことを恥じてもいないし、悪いことだと思っている節もない。まるで良心がないみたいに。そんな人物たちとのマーゴットの、そしてマルコムの不穏で不適切な関係は、たとえ一時的な出来心だったとしても、心が揺れた当人たちの心を深く傷つけ、周囲の人間関係さえもまた傷つけた。

けれども、マルコムが結婚式の会場を破壊したことをきっかけに、マーゴットは最終的にこれらの人々との関わりを断つ方向に向かう。そこにマーゴットの再生というか、人生の軌道修正の可能性みたいなものを、ほんの少しだけ見出すこともできるだろう。ただ、妹のポーリンとの関係は、けっきょくは修復できないままで、むしろ妹ポーリーンとさえ関係を決定的に断ち切った覚悟をしたようにさえ見える。

けれどもそれは、こういうことではないだろうか。たとえ姉妹であっても分かり合えないものがあるし、互いに不安定さや苛立ちを抱えながら近くにいたとしても、その関係は修復し得ないものであるし、むしろ問題や災厄を招いてしまうだけである。ならばいっその事、距離を置いたほうがいい。この物語の結末でのマーゴットの決断を見ると、この物語はそういったことを描いたものかもしれないという思いを抱いた。

映画の概要・受賞歴など

映画『マーゴット・ウェディング』は、2007年制作のコメディ映画。日本では劇場未公開作品。監督はノア・バームバックノア・バームバック監督作品としては、他に『イカとクジラ』がある。

本作の原題は”Margot at the Wedding”。結婚式でのマーゴット、みたいな意味合いだろうけれど、日本語タイトルの『マーゴット・ウェディング』だと、マーゴット自身の結婚式という意味にも取られるので、このあたり『マーゴット・アット・ザ・ウェディング』と、そのままカタカナにしてもよかったのではないか。

参考リンク

1)Yahoo!映画/『マーゴット・ウェディング』
movies.yahoo.co.jp

2)映画.com/『マーゴット・ウェディング』
eiga.com

3)Filmarks/『マーゴット・ウェディング』
filmarks.com


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
管理人のFilmarks:https://filmarks.com/pc/nobitter73
管理人のtwitterのアカウント:https://twitter.com/nobitter73
管理人のメールアドレス:nobitter73 [at] gmail.com
※[at]の部分を半角の@に変更して、前後のスペースを詰めてください。
『誤読と曲解の映画日記』管理人:のび
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー